水産業の新戦略 「茅渟(ちぬ)の海」のクロダイ―鮮度にこだわるJF岸和田市の取り組み― 2022.12.20 古江晋也(ふるえ しんや) 印刷する 岸和田港で水揚げされた「クロダイ」「茅渟(ちぬ)の海」のクロダイ寒い季節になると大阪湾ではクロダイの水揚げ量が増加します。クロダイは「チヌ」とも言われ、大阪湾が「茅渟(ちぬ)の海」と呼ばれるのは「クロダイが大阪湾でたくさん獲れたから」という説もあるほどです。 クロダイは鋭い歯で藻や水草、小魚、貝類などを食べていますが、冬場は特に脂の乗りがよく、漁業者のなかには「マダイよりもおいしい」という人もいます。しかし、その一方でクロダイは旺盛な食欲であるため、増えすぎると他の魚介類が減少するなど食害を引き起こすおそれがあります。 ここではクロダイの水揚げから出荷までを中心に、鮮度にこだわる岸和田市漁業協同組合(JF岸和田市)のさまざまな取り組みを紹介します。 ヒレが黒いクロダイとヒレが黄色いキビレヒレが黒いクロダイクロダイは冬場に旬を迎えます。大阪湾にはクロダイが一年中生息していますが、夏場は沿岸で藻などを食べていることから脂の乗りがよくありません。むしろ、夏場はクロダイの一種である「キビレ」(キチヌ)が旬となります。そして冬場になると沖で小魚を食べるようになることから脂の乗りがよくなります(反対にキチヌは冬場に脂の乗りがよくありません)。 ヒレが黄色いキビレ冬場のクロダイは海底から数mのところに生息していることから底引き網漁法で漁獲されます。ただクロダイを目的に網を入れるというよりも、シタビラメ、アカガイやトリガイを狙って網を入れると、クロダイも網の中に入ってくるそうです。またクロダイは巾着網漁法(中型まき網漁法)でも漁獲されます。 JF岸和田市で底引き網漁業を営む漁業者は、早朝5時に出港します。岸和田港から北港や舞洲などさまざまなポイントで漁を行い、15時に帰港します。 魚槽や船槽で翌朝まで魚介類を生かす帰港した後、漁獲したクロダイは水中に空気を送り込むエアレーションを入れた船の魚槽や生け簀で朝まで生かしておきます。 そして、翌日の早朝5時から開催される競りに間に合わせるため、漁業者は早朝3時頃から活締め作業を行います。クロダイの活締め作業はエラの上の部分を切りますが、この作業を一匹ずつ丁寧に行うことで鮮度が保持されます。 早朝3時半から競りに出す準備を行う活締め作業が終わると、漁業者はクロダイを含むさまざまな魚介類を発砲スチロールの箱に丁寧に入れ、隣接した市場に搬入します。 この一連の作業は家族が協力しながら行いますが、家族のなかで男性は漁と活締め作業、女性は競り場の担当というように役割分担が行われています。そのため魚介類の市場搬入が終わると、男性は5時から出港し、女性は競り場の作業を行います。 競り場で作業をする女性漁業者競りは仲買人が発泡スチロールの箱に入った魚介類を次々に落札していきますが、魚介類が入った箱を競り台まで運搬する作業は漁業者の役割です。競り場を担当する女性漁業者は鮮度を保つためにスムーズに作業を行います。このように互いに助け合っていることが印象的でした。 競り場で作業をする女性漁業者長年大阪湾で漁をしてきた平田栄二郎さんによると、関西国際空港ができた時期からクロダイがたくさん獲れるようになったそうです。また現在では釣り客用のためにクロダイの稚魚を放流していることもクロダイが増加した要因であると考えられています。ただクロダイが増えすぎると、旺盛な食欲から「だんじり祭り」の時期に欠かせない食材であるワタリガニが減少するなど、海のバランスが大きく崩れるという課題があります。 岸和田漁港の競りの様子「美しい大阪湾を後の後世に伝えたい」という漁業者の思いJF岸和田市では、20年ほど前から「魚庭(なにわ)の森づくり活動」に力を入れています。この活動は岸和田港に注ぎ込む春木川の上流にある神於山(こうのやま)に広葉樹を植林する取り組みです。かつては薪や炭などが家庭の燃料として使用されたこともあり、神於山周辺は適切に管理されていました。 しかし家庭の燃料が薪炭材からガスへと移行するようになると、雑木林が放置されるようになり、竹林へと変化するようになりました。そこで大阪府青壮年部はもう一度、広葉樹を植林し、適切に手入れすることで春木川にきれいな水を流す活動を開始しました。 左から音揃政啓JF岸和田市組合長、栄丸の平田栄二郎さん、平田達也さん、平田由美さん当時、青壮年部長として取り組みを推進してきた音揃(おんぞろ)政啓組合長は「美しい大阪湾を後世に残したい」という気持ちから始めたと話します。また、大阪で開催される「魚庭の海づくり大会」では、大阪湾で流れていたゴミを展示し、多くの人々に「海にごみを捨てないように」と訴える活動もしています。 私たちは漁業というと一般的に海のことに関心を向ける傾向がありますが、多くの漁業者は海だけでなく、森や川にも目を向け、漁の合間にさまざまな活動を行っています。このような「大阪湾を豊かな海のままで後世に伝えたい」という努力も私たちは今一度注目しなければなりません。 * * * ▶大阪府のプライドフィッシュ/茅渟の海のクロダイ https://pride-fish.jp/JPF/pref/detail.php?pk=1458975523 JF全漁連漁協(JF)漁師女性活躍資源管理プライドフィッシュ近畿漁業法魚市場女性部古江晋也(ふるえ しんや)株式会社農林中金総合研究所調査第二部主任研究員。 専門は地域金融機関の経営戦略の研究ですが、国産食材を生産し続ける人々と、その人々を懸命に支え続ける組織の取材も行っています。 四季折々の「旬のもの」「地のもの」を頂くということは、私たちの健康を維持するだけでなく、地域経済や伝統文化を守り続けることでもあります。 現在、輸入食材はかつてないほど増加していますが、地球温暖化や自然災害が世界的な脅威となる中、農水産物の輸入がある日突然、途絶える可能性も否定できません。 豊かな日本の国土や自然を今一度見つめ直し、今一度、農水産物の生産者や生産を支える組織の人々の声に耳を傾けたいと思います。 ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ 著書:『地域金融機関のCSR戦略』(2011年、新評論)このライターの記事をもっと読む
流通改善で青森の高級魚「龍飛岬マツカワ」が寿司チェーンへJF全漁連と青森県漁業協同組合連合会(以下、JF青森漁連)は、水産庁の「バリューチェーン改善促進事業」を活用して、生産、加工・流通、販売各段階の改善に取り組み、青森県産養殖魚の高級ブランド「龍飛岬(た2021.12.23水産業の新戦略JF全漁連編集部
海外でも注目される「小田原のイシダイ」―高評価を支える小田原市漁協のチームプレー神奈川県西部の小田原市は、定置網漁が盛んな地域であり、イワシ、アジ、サバ、タイ、ホウボウ、カワハギ、カマス、イカなどさまざまな種類の魚介類が水揚げされます。2022.6.2水産業の新戦略古江晋也(ふるえ しんや)
組合員同士の協力と対話で資源管理に取り組む「泉佐野のトリガイ」大阪府泉佐野市は、石桁網(いしげたあみ)漁が盛んな地域です。石桁網漁は、船で袋状の網の付いた鉄枠を引っ張る漁法で、海底に生息する魚や貝が網に入ります。2022.8.3水産業の新戦略古江晋也(ふるえ しんや)
琵琶湖の特産品「セタシジミ」の復活を願って ~JF瀬田町による外来種水草駆除の取り組み~琵琶湖と淀川をつなぐ瀬田川では1950年代から60年代にかけて「セタシジミ」がたくさん獲れました。セタシジミは琵琶湖水系にのみ生息する固有種であり、琵琶湖の特産品です。 漁業者によると「瀬田川に足を入2023.1.6水産業の新戦略古江晋也(ふるえ しんや)
未利用資源「あかもく」で水福連携!鳥取県西部地域~「浜プラン」全漁連会長賞の紹介~「浜の活力再生プラン」、通称「浜プラン」は地域ごとの特性を踏まえて、漁師や漁協(以下JF“じぇいえふ”)、市町村などでつくる組織(地域水産業再生委員会)が自ら立てる取組計画。 その地域の人たちが自分た2020.11.18水産業の新戦略JF全漁連編集部
漁業・異業種連携WEBシンポジウム—動画で事例報告—JF全漁連は、コロナ禍においても漁業・異業種連携の普及啓発・横展開を図るべく、「漁業・異業種連携WEBシンポジウム」を開催し、基調講演・連携事例報告の動画を配信しています。 漁業者、JFグループの皆さ2021.12.23水産業の新戦略JF全漁連編集部