「茅渟(ちぬ)の海」のクロダイ―鮮度にこだわるJF岸和田市の取り組み―

岸和田港で水揚げされた「クロダイ」

「茅渟(ちぬ)の海」のクロダイ

寒い季節になると大阪湾ではクロダイの水揚げ量が増加します。クロダイは「チヌ」とも言われ、大阪湾が「茅渟(ちぬ)の海」と呼ばれるのは「クロダイが大阪湾でたくさん獲れたから」という説もあるほどです。

クロダイは鋭い歯で藻や水草、小魚、貝類などを食べていますが、冬場は特に脂の乗りがよく、漁業者のなかには「マダイよりもおいしい」という人もいます。しかし、その一方でクロダイは旺盛な食欲であるため、増えすぎると他の魚介類が減少するなど食害を引き起こすおそれがあります。

ここではクロダイの水揚げから出荷までを中心に、鮮度にこだわる岸和田市漁業協同組合(JF岸和田市)のさまざまな取り組みを紹介します。

ヒレが黒いクロダイとヒレが黄色いキビレ

ヒレが黒いクロダイ

クロダイは冬場に旬を迎えます。大阪湾にはクロダイが一年中生息していますが、夏場は沿岸で藻などを食べていることから脂の乗りがよくありません。むしろ、夏場はクロダイの一種である「キビレ」(キチヌ)が旬となります。そして冬場になると沖で小魚を食べるようになることから脂の乗りがよくなります(反対にキチヌは冬場に脂の乗りがよくありません)。

ヒレが黄色いキビレ

冬場のクロダイは海底から数mのところに生息していることから底引き網漁法で漁獲されます。ただクロダイを目的に網を入れるというよりも、シタビラメ、アカガイやトリガイを狙って網を入れると、クロダイも網の中に入ってくるそうです。またクロダイは巾着網漁法(中型まき網漁法)でも漁獲されます。

JF岸和田市で底引き網漁業を営む漁業者は、早朝5時に出港します。岸和田港から北港や舞洲などさまざまなポイントで漁を行い、15時に帰港します。

魚槽や船槽で翌朝まで魚介類を生かす

帰港した後、漁獲したクロダイは水中に空気を送り込むエアレーションを入れた船の魚槽や生け簀で朝まで生かしておきます。

そして、翌日の早朝5時から開催される競りに間に合わせるため、漁業者は早朝3時頃から活締め作業を行います。クロダイの活締め作業はエラの上の部分を切りますが、この作業を一匹ずつ丁寧に行うことで鮮度が保持されます。

早朝3時半から競りに出す準備を行う

活締め作業が終わると、漁業者はクロダイを含むさまざまな魚介類を発砲スチロールの箱に丁寧に入れ、隣接した市場に搬入します。

この一連の作業は家族が協力しながら行いますが、家族のなかで男性は漁と活締め作業、女性は競り場の担当というように役割分担が行われています。そのため魚介類の市場搬入が終わると、男性は5時から出港し、女性は競り場の作業を行います。

競り場で作業をする女性漁業者

競りは仲買人が発泡スチロールの箱に入った魚介類を次々に落札していきますが、魚介類が入った箱を競り台まで運搬する作業は漁業者の役割です。競り場を担当する女性漁業者は鮮度を保つためにスムーズに作業を行います。このように互いに助け合っていることが印象的でした。

競り場で作業をする女性漁業者

長年大阪湾で漁をしてきた平田栄二郎さんによると、関西国際空港ができた時期からクロダイがたくさん獲れるようになったそうです。また現在では釣り客用のためにクロダイの稚魚を放流していることもクロダイが増加した要因であると考えられています。ただクロダイが増えすぎると、旺盛な食欲から「だんじり祭り」の時期に欠かせない食材であるワタリガニが減少するなど、海のバランスが大きく崩れるという課題があります。

岸和田漁港の競りの様子

「美しい大阪湾を後の後世に伝えたい」という漁業者の思い

JF岸和田市では、20年ほど前から「魚庭(なにわ)の森づくり活動」に力を入れています。この活動は岸和田港に注ぎ込む春木川の上流にある神於山(こうのやま)に広葉樹を植林する取り組みです。かつては薪や炭などが家庭の燃料として使用されたこともあり、神於山周辺は適切に管理されていました。

しかし家庭の燃料が薪炭材からガスへと移行するようになると、雑木林が放置されるようになり、竹林へと変化するようになりました。そこで大阪府青壮年部はもう一度、広葉樹を植林し、適切に手入れすることで春木川にきれいな水を流す活動を開始しました。

左から音揃政啓JF岸和田市組合長、栄丸の平田栄二郎さん、平田達也さん、平田由美さん

当時、青壮年部長として取り組みを推進してきた音揃(おんぞろ)政啓組合長は「美しい大阪湾を後世に残したい」という気持ちから始めたと話します。また、大阪で開催される「魚庭の海づくり大会」では、大阪湾で流れていたゴミを展示し、多くの人々に「海にごみを捨てないように」と訴える活動もしています。

私たちは漁業というと一般的に海のことに関心を向ける傾向がありますが、多くの漁業者は海だけでなく、森や川にも目を向け、漁の合間にさまざまな活動を行っています。このような「大阪湾を豊かな海のままで後世に伝えたい」という努力も私たちは今一度注目しなければなりません。

*    *    *

▶大阪府のプライドフィッシュ/茅渟の海のクロダイ
https://pride-fish.jp/JPF/pref/detail.php?pk=1458975523

  • 古江晋也(ふるえ しんや)

    株式会社農林中金総合研究所調査第二部主任研究員。   専門は地域金融機関の経営戦略の研究ですが、国産食材を生産し続ける人々と、その人々を懸命に支え続ける組織の取材も行っています。 四季折々の「旬のもの」「地のもの」を頂くということは、私たちの健康を維持するだけでなく、地域経済や伝統文化を守り続けることでもあります。   現在、輸入食材はかつてないほど増加していますが、地球温暖化や自然災害が世界的な脅威となる中、農水産物の輸入がある日突然、途絶える可能性も否定できません。 豊かな日本の国土や自然を今一度見つめ直し、今一度、農水産物の生産者や生産を支える組織の人々の声に耳を傾けたいと思います。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ 著書:『地域金融機関のCSR戦略』(2011年、新評論)

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