相対取引から市場入札制へ、IoTで鮮度と価格が向上した大阪のシラス

大阪のシラスの魚価向上に向けて

大阪のシラス

大阪湾は古くから「魚庭(なにわ)の海」「茅渟(ちぬ)の海」と呼ばれたように、マイワシ、カタクチイワシ、サバ、マダイ、クロダイ、スズキ、タコなどさまざまな種類の魚介類が豊富に生息しています。なかでもイワシ類は脂の乗りがよく、シラスは「あまい」と言われてきました。

しかし、大阪湾で漁獲されたシラスやイカナゴの多くは神戸市や淡路といった兵庫県や和歌山県の加工業者に買い上げられていたため、「大阪のシラス」の認知度は高まりませんでした。さらに兵庫県や和歌山県の取引形態は「競り売※1」であったのに対し、大阪では「相対取引※2」であったことも魚価が低迷する要因となっていました。

そのような状況の中、業種別組合である大阪府鰮巾着網漁業協同組合(以下、JF大阪府鰮巾着網)は2014年から浜プランを活用し、大阪府下の各漁協で水揚げされていたシラスを岸和田市地蔵浜に集約する「共同競り場」を整備することで、大阪のシラスの魚価の向上とブランド化を実現しました。

※1、公開で買い手に値を競争させて、最高値をつけた人に売る
※2、当事者同士が価格や数量を直接交渉して販売する

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相対取引から入札制へ

大阪産のシラスは、それまで近隣県と比較して、2~3割程度安く取引されていました。そのため漁業者は漁獲量を増やすことで売り上げを確保していました。
しかし、近年、シラス資源の減少傾向が見られたことに加え、漁業者所得の向上が課題となるなか、「売り方」を変更することが重要になりました。そこでJF大阪府鰮巾着網が中心となり、需給動向により適正な価格がつきやすい「入札制」の導入をめざすことになりました。

具体的には、船曳網(ふなびきあみ)漁によってシラス漁を行う漁業者が中心となって大阪・泉州広域水産業再生委員会を設立し、水揚げ場所を岸和田市地蔵浜に集約することにしました。入札制には当初、26ヵ統(船団)が参加しましたが、順調に推移したことから、3年後には府内すべての68ヵ統が参加することになりました。

また入札制を導入した当初の荷捌き施設は、柱と屋根を基本とした施設であったため、最盛期には、シラスが入ったカゴが施設内に収まりきらず、太陽光が直接当たることもありました。
そこで荷捌き施設を新設し、運搬船が岸壁についた後は、フォークリフトでカゴをパレットごと荷捌き施設まで運び、入札が終わった後はすぐに仲買人のトラックに詰め込めるようにしました。岸壁でシラスを荷揚げしてからトラックに積み込むまでの所要時間は5分程度です。

このスピード対応によってシラス(春はイカナゴも)の鮮度は向上しました。

運搬船からの荷揚げ
荷捌き施設までフォークリフトで運搬する

スピード対応を実現するうえで重要なことのひとつが「IoTの活用」です。
以前の荷捌き施設での取引は、①競り落とされた価格をホワイトボードに手書きする、②ホワイトボードの価格をJF大阪府鰮巾着網職員がノートに書き写す、③事務所のパソコンにデータを入力する、というプロセスを経た事務処理を行っていました。
しかし、新設した荷捌き施設では、運搬船が岸壁につくと、荷揚げ数量などをタブレット端末に入力し、競り落とされた金額は、すぐに入札所のモニターに表示されます。
また、このデータはLINEで漁業者にもすぐに伝わります。

入札所のモニターで競り落とされた金額が表示される

一方、入札は仲買人が金額を記入した木札をJF大阪府鰮巾着網職員に差し出すことにしています。これはシラスの品質を見極めるためにシラスが入ったカゴに手を入れる必要があり、その手で電子機器を操作することが難しいからです。

入札所 仲買人が金額を記入した木札を差し出す
入札を担当するJF大阪府鰮巾着網職員の石田庸子さん

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船曳網漁でシラスを漁獲

出典:大阪府鰮巾着網漁業協同組合

カタクチイワシの稚魚であるシラスは船曳網漁で漁獲されます。大阪湾の船曳網漁は、シラスの群れを探す色見船と網船2隻がチームとなって行います。網の形が「パッチ」(足首まである股引き)に似ていることから大阪では「パッチ網漁」ともいわれています。

2隻の網船が網を張るとさまざまな種類の魚が網の中に入ってきますが、網には「クラゲ抜き」と呼ばれる大きな穴があるため、クラゲや大きな魚はその穴から逃げることができます。そして最終的には目の細かい網の部分にシラスが集まります。

水揚げしたシラスの鮮度管理を維持するため漁業者は、網船にマイナスイオンが発生する活水装置を設置しています。またJF大阪府鰮巾着網では漁場の各ポイントに共同運搬船を配置しており、沖で操業する漁業者はその都度岸和田港に入港することなく、海上で共同運搬船にシラスが入ったカゴを渡すことで次の漁をすぐに再開することができます。
このような運搬船の運行も素早くシラスを入札にかけることができる要因です。

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成功の要因は?―多くの人々の力を結集

これらの取り組みによって大阪のシラスやイカナゴの魚価は近隣県と変わらない価格にまで向上しました。また労働日数も船曳網漁の場合は週休3日制にするなど、ワーク・ライフ・バランスが向上するようになりました。その結果、20~30代の漁業者が増加したといいます。最近では高校生の就職先に漁業を選択する人も増えているそうです。

加えて、これまで大阪では生シラスを食べることはなかったのですが、JF大阪府鰮巾着網が運営するレストラン「泉州海鮮「きんちゃく家」」で生シラス丼を販売すると、新鮮な生シラスを求めて大阪府民のほか、奈良県や兵庫県からも足を運んでくれるようになりました。関係者らによるシラスの鮮度向上の取り組みが、「生シラスを食べる」という新たな大阪の食文化を生み出したのです。

泉州海鮮「きんちゃく家」※現在、臨時休業。 令和4年2月5日(土)リニューアルオープン
泉州海鮮「きんちゃく家」メニュー

これらの取り組みは、JF大阪府鰮巾着網・組合長の岡修さんのリーダーシップ、副組合長の田中映治さんの採算性を考えた計画力、大阪・泉州広域水産業再生委員会事務局長の森政次さんの自治体等への説明力と管理力など、さまざまな立場の方々が力を合わせて一つ一つ実現してきました。

左からJF大阪府鰮巾着網・組合長の岡修さん、大阪・泉州広域水産業再生委員会事務局長の森政次さん
JF大阪府鰮巾着網・副組合長の田中映治さん

大阪のシラスの価値を「公正・公平に評価してもらいたい」という大阪府の漁業者や組合職員の思いに共感し、多くの人々が力を結集した結果、成功したといえます。

  • 古江晋也(ふるえ しんや)

    株式会社農林中金総合研究所調査第二部主任研究員。   専門は地域金融機関の経営戦略の研究ですが、国産食材を生産し続ける人々と、その人々を懸命に支え続ける組織の取材も行っています。 四季折々の「旬のもの」「地のもの」を頂くということは、私たちの健康を維持するだけでなく、地域経済や伝統文化を守り続けることでもあります。   現在、輸入食材はかつてないほど増加していますが、地球温暖化や自然災害が世界的な脅威となる中、農水産物の輸入がある日突然、途絶える可能性も否定できません。 豊かな日本の国土や自然を今一度見つめ直し、今一度、農水産物の生産者や生産を支える組織の人々の声に耳を傾けたいと思います。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ 著書:『地域金融機関のCSR戦略』(2011年、新評論)

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