Iターン漁師を育て、島の漁業の追い風に(JF利尻)

日本の最北端、宗谷岬の西に浮かぶ利尻島では、島外からの漁業就業者の受け入れに積極的だ。現在24人のIターン漁師が島にどっしり根を下ろし、若い漁師が増えたことで漁業の活性化にも弾みがついている。Iターン漁師は全員が島特産のリシリコンブ、ウニ、ナマコなどの磯漁を営み、数年の経験を積めば、夏の3カ月で500万円は稼ぐという。

移住者の磯漁への参入に、地域の抵抗はなかったのだろうか。また、島外からの就業者の定着率がこれほど高い訳は?

JF利尻とIターン漁師たちに話を聞いてみた。

豊かな磯の資源

夏のウニ漁。エゾバフンウニの漁獲量はキタムラサキウニの2倍近い

利尻島は円形の独立火山島で、遠浅の溶岩の磯が島をぐるりと縁取る。さらに火山堆積物の土壌は雨水を通しやすく、栄養塩を含んだ水が海底に湧き出している。これが豊かな磯の恵みをもたらしている。

島の人口は4500人。行政は利尻富士町、利尻町の2つの町に分かれる。

利尻漁業協同組合(以下、JF利尻)は、島内4地区の漁協(以下、JF)が合併して2008年に誕生した。組合員は全て正組合員で511人。2018年度の水揚げ金額は約40億円に上り、ウニ、コンブ、ナマコなどの採介藻が22億7000万円と半分以上を占める。

他にリシリコンブの養殖が7億5000万円。また、ホッケの刺し網漁、タコいさり漁、イカナゴすくい網漁、ナマコけた網漁などの漁船漁業もある。

コンブ養殖の高齢化に危機感

JF 利尻の山上辰昭専務(左)と長谷川立参事

さて、利尻島の新規就業者だが、まず定着率の高さに驚かされる。この11年間で34人が研修を受け(研修中を含む)、現在24人が地域に根を下ろしている。

JF利尻の山上辰昭専務と長谷川立参事に、話をお聞きした。「本格的に島外から就業者を募るようになったのは、JF合併後の2009年ごろからです」。きっかけは2つ。JFの合併で窓口が1つになったこと、そしてコンブ養殖の経営体の減少だという。

早朝の浜で、コンブを干す作業

リシリコンブはだし昆布の最高級品で、京都の料亭などで使われている。しかし磯焼けの影響もあり、天然物の水揚げ量は年によって100〜300トンと波がある。一方、養殖コンブは300トンで安定している。

「しかし漁師の高齢化が進み、養殖の経営体は30年前の半分の43軒に減っています。水揚げ量を維持できなくなる危機感がありました。また、養殖業は海に不慣れな研修生が働きやすいのも利点なんです」。

なるほど、研修を中途でやめる人が少ないのは、そのせいかもしれない。

就業希望者は、北海道漁業就業支援協議会が開くフェアで募る。今年も2月と5月のフェアで、コンブ養殖を営む5人の漁師が研修生とのマッチングに成功した。JF利尻の職員は、来場者のハートをつかむ磯漁の説明や人柄の見極めなどで、親方を助けているという。

JFと親方が漁師を育てる

利尻富士町が昨年、地方創生交付金で建てた研修生住宅(4戸)。ウニの加工施設とコンブ干場がついている

長期研修は、国の就業支援制度(1年の雇用型、3年の独立型)を利用している。その他に島独自の制度として、2週間のお試し研修「漁師道」がある。

働き方や生活をイメージしてもらうのが狙いだ。当初は、親方と研修生の気質が合わず、JFが間に入って組み合わせを調整したこともあったという。だが最近では「親方の皆さんが研修生への対応に慣れたせいか、研修の中止はなくなりましたね」と、山上さんと長谷川さんはいう。

「親方の慣れ」は、同じ漁師が繰り返し研修生を受け入れているせいでもある。3人のIターン漁師を育てた親方も数人いる。見方をかえれば、JFが人柄と経営を見込んだ漁師に研修生を委ねることで、新規就業者の定着率を高くしているともいえる。

ウニむき作業

利尻島では、研修1年後にJFに加入でき、ウニやコンブの漁業権が与えられる。磯根資源が豊かな利尻島での就業は大きな魅力だ。

だが、島民の抵抗はなかったのだろうか。「地区によって温度差があり、一部には反対の声もありました。

しかし漁師の高齢化と減少は明らかです。ていねいに説明を重ねました」。その説得に加え、島外から来た若者が誠実に働く姿を目の当たりにして、反発の声は自然に消えていったという。

24人のIターン漁師たちは、全員が磯漁を生計の柱としている。また、多くがコンブ養殖や漁船漁業の乗組員としても働き、タコいさり漁など小規模な漁船漁業を始めた人も2人いる。

さらに、引退する親方からコンブ養殖の経営をそっくり引き継いだ人もいるそうだ。2年前には初の女性漁師も誕生し、にぎわいは増している。

地域に溶け込む移住組

大沼優介さん、莉紗さん夫妻

札幌出身の大沼優介さん( 37 歳)は、1年間の研修を経て2012年に就業した。利尻島を選んだのは、磯漁が個人操業で収入は努力しだいと聞いたからだ。研修の親方は、コンブ・ホタテガイの養殖と水産加工を営む漁師だった。大沼さんは町営住宅に住み、研修期間を含め2年余り親方の養殖場や工場で働いた後、完全に独立した。

1年間の研修を終え、初トライした念願の磯漁は「技術がなくて120万円しか稼げませんでした」と苦笑いするが、自力で稼いだ手応えは大きかった。「右肩上がりで腕も収入も上がるのが励みです。移住組は皆、数年の経験で500万円ぐらいは磯で稼いでいるはず。ぼくも自分に厳しく誰にも負けない気持ちで頑張っています」。

ウニ漁から戻った大沼さん。莉紗さんと漁獲サイズの選別を行う

地域に溶け込んだのは、島民で元JF職員の莉紗さんとの結婚が縁だ。趣味のサーフィンでできた友人の紹介だったという。

大沼さんは現在、冬のナマコ漁も含む磯漁のほか、莉紗さんの親戚の漁船漁業やコンブ養殖を手伝っている。季節ごとにさまざまな漁を組み合わせて1年中休みなく働き、漁船漁業でも大きな戦力となっている。

塩田孝輔さん。地域の漁師に作ってもらったウニとコンブの漁具を手に

栃木出身で北海道に憧れたという塩田孝輔さん(39歳)も、1年間の研修を経て2013年に就業した。札幌のフェアで利尻島を知り、磯漁での独立に引かれたという。

船酔いで3年も苦しんだが、「夏でも海が荒れて休みの日があり、マイペースで働けるので続けられました」と話す。大沼さんとは違い、塩田さんは磯漁専門だ。そして空いた時間には、近隣の高齢者を進んで手助けしている。

ペンキ塗りやまき運びなどの力仕事や、大工仕事もよく頼まれる。取材時には、魚の乾燥棚を作っていた。「磯漁の漁具を作ってくれるおじいさんへのお返しです」と、人の良い笑みを浮かべる。若者が少ない地域で、塩田さんは皆にかわいがられ、頼りにされているのだ。

若者が吹かせる新しい風

ノースフラッガーズの事務局を担う高橋渡さん。JFも人手不足で若い職員を募集中という

若い漁師が増えたことで、新たな風も吹き始めている。例えば、若手漁師の有志が昨年立ち上げた任意団体「ノースフラッガーズ」だ。代表はJF理事の小坂善一さん(43歳)で、町の水産担当職員やJFからも高橋渡さんが事務局として参加する。小坂さんはコンブ養殖と漁船漁業を営み、2人のIターン漁師を育ててきた。メンバーの漁師は20〜30歳代の10数人で、Iターン漁師も参加しているという。

これまで島の漁師は消費者と触れ合う機会がなかったが、ノースフラッガーズは漁師自ら発信しようと活動を始めた。高橋さんは「札幌でのお披露目会にはメディアが集まり、東京の飲食店で開いた利尻フェアでは漁師がアイドルみたいに見られて、衝撃に近い感動がありました」と話す。利尻町ウニ種苗生産センターのガイドなど水産と観光を結び付けた活動も始めており、新規就業者の募集とサポートにも力を入れたいという。

外から若者を呼び込んで育て、その力を新たな挑戦に変えていく。利尻島に吹く新しい風に、みずみずしい力を感じた。

 

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ビジネスにも役立つ知恵が満載。地域産業を盛り上げる取り組みを取り上げていきます。

  • 大浦 佳代(おおうら かよ)

    漁業・農業・環境教育が専門のライター。漁村の文化や地域活性化などをテーマに取材し執筆。とくに漁業体験の面白さにハマり、都市と漁村、生産現場と食卓をつなぐ「都市漁村交流」をライフワークとし、全国の漁業体験や漁村観光の現場を訪ね歩いている。海と漁の体験研究所主宰。著書に『漁師になるには』、『港で働く人たち』、『牧場・農場で働く人たち』(ぺりかん社)、『持続可能な漁村の“交流術”1・2』(東京水産振興会)など。 Facebook:https://ja-jp.facebook.com/kayo.oura.9

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