水産業の新戦略 ガンガゼの商品開発に取り組んだJF山口長門女性部 2025.7.31 古江晋也(ふるえ しんや) 印刷する 「海の厄介者」と言われるガンガゼガンガゼとガンガゼのウニ飯(写真提供:山口県萩・長門農林水産事務所)近年、山口県長門市の漁港内では海水温の上昇などの海洋環境の変化を受け、南方系のガンガゼが増加するようになりました。ガンガゼはウニの一種ですが、他のウニと比べ、食欲が旺盛であることから、磯焼けの原因の一つとされています。また、高級品であるムラサキウニやバフンウニ、アカウニなどに比べ、ガンガゼはトゲが長く、トゲの先には毒があるため刺されるとかなりの痛みがあります。さらに、ガンガゼを食べてみると特有の苦みがあるものもあり、他のウニのように頻繁に食べられていませんでした。そのためガンガゼは「海の厄介者」と言われてきました。こうしたなか、山口県漁業協同組合(以下、JF山口)の長門女性部は、山口県萩・長門農林水産事務所水産部のアドバイスを得ながら、低利用資源・未利用資源(以下、未利用資源)であったガンガゼをおいしく食べることができるように商品開発に着手しました。 トゲ落としや殻割りに手間がかかるガンガゼ長門女性部は従来から「未利用資源をおいしく食べる」ということをモットーに、未利用資源の商品開発などの活動を続けてきました。例えば、長門市の沖合で「はえ縄漁」が行われると、体長1mほどにもなるダイナンアナゴが漁獲されるそうですが、ダイナンアナゴは小骨が多く、調理しにくいことから未利用資源となっていました。そこで、長門女性部は唐揚げや酢味噌和えなどに調理し、試食会を開催しました。ただ、ダイナンアナゴは漁獲量が安定しないことなどから商品化までには至らなかった経緯があります。 こうした活動の一環として、2023年1月からガンガゼの商品開発がスタートしました。きっかけは、長門市の漁港内でガンガゼが増加し、磯焼けの原因ともなるなか、漁業者から「どうにかならないか」という声があったからです。長門女性部は山口県萩・長門農林水産事務所水産部に相談し、ガンガゼが海水温の上昇によって越冬が可能となったことなどから急増し、資源量が潤沢にあると推定されるなどの説明を受け、商品開発をめざすことにしました。 ガンガゼの身は餌によって味が変化します。そこで長門女性部のメンバーは長門市内のいくつかの地域のガンガゼを採捕し、試食することから始めました。すると、カジメなど海藻を食べているガンガゼは、苦みや生臭さなどがなく、おいしいことがわかりました。また岩ガキがある周辺に生息するガンガゼもおいしいことがわかりました。これは岩ガキの石灰分や岩ガキの表面に付着しているノリなどを食べているからではないかと考えられます。 次は、採捕したガンガゼのトゲをどのように効率よく落とすのかが課題となりました。ムラサキウニやバフンウニ、アカウニはトゲ付きのままでも出荷できますが、前述したようにガンガゼは毒のある長いトゲがあります。そこで長門女性部では、①手回し洗濯機にガンガゼを入れ、トゲを取り除く、②湯切り用の網を使い、バーベキュー用の網の上で転がしてトゲを取り除く、というアイデアを考案しました。①については、トゲを落とすことができましたが、ガンガゼの殻まで割れてしまい、身にトゲや殻が混じってしまうことも少なくありませんでした。そのため、②の方法が採用されました。ガンガゼのトゲを取り、殻を割って身を取り出すと、「生ガンガゼ」となります。 ガンガゼのトゲ落とし(写真提供:山口県萩・長門農林水産事務所)ガンガゼの身を取り出す作業(写真提供:山口県萩・長門農林水産事務所)生ガンガゼ(写真提供:山口県萩・長門農林水産事務所)無料試食会で70食分がたった15分で配布終了となったウニ飯長門女性部では、生ガンガゼをもとに様々な試作料理づくりが行われました。そして、ある程度の料理の方向性が決まったところで試食会を開催しました。山口県萩・長門農林水産事務所職員、長門市職員などが参加した試食会では、ガンガゼの焼き、湯煎、しょうゆ漬け、ガンガゼのウニ飯(以下、ウニ飯)などが提供されました。またウニ飯については、具材をウニのみ、貝柱入り、ニンジン・ゴボウ入りをそれぞれ試作し、大葉やショウガ、刻み海苔との相性などもチェックしました。その結果、ウニのみのウニ飯が「ウニの風味を十分に味わうことができる」と高い評価を得ました。 その後、ウニ飯をさらにブラッシュアップし、2024年2月17日に長門市の道の駅「センザキッチン」で「ウニ飯の無料試食会」を実施しました。無料試食会には朝市のために70食分を用意しましたが、開始早々から長蛇の列ができ、たった15分で配布終了となりました。この出来事を受け、長門女性部員はガンガゼに大きな手ごたえを感じたそうです。 無料試食会では参加者にアンケート調査(61人が回答)を実施しました。するとウニ飯の「見た目」「味」「ウニの風味」は「非常に良い」「良い」と評価した人が9割に上りました。ただ、ガンガゼについては65%が「知らない」と回答しており、ガンガゼの認知度が低いこともわかりました。 試作したニンジン・ゴボウ入りウニ飯(写真提供:山口県萩・長門農林水産事務所) 会場内最速で完売したガンガゼのウニ飯センザキッチンにおける無料試食会で高評価を得たことを受け、長門女性部は2024年10月に仙崎地方卸売市場で開催された「ながと魚祭り」でウニ飯を初めて販売しました。ながと魚祭りには102食を用意しましたが、会場内最速の20分で完売しました。この時、長門女性部員や山口県萩・長門農林水産事務所職員はガンガゼの潜在的な需要に驚いたそうです。 一方、無料試食会のアンケート調査で明らかになったように、ガンガゼを知らない市民が多かったことを踏まえ、長門女性部ではガンガゼの展示や生態などを紹介することにも力を入れました。この展示にも多くの人が足を止め、長門市沿岸で起こっている海洋変化に耳を傾けたそうです。 ガンガゼの商品開発の中心的な役割を果たしてきた長門女性部長の津室好子さんと山口県漁村生活改善士会会長の入江佳江さんは、活動を振り返り、「トゲ落としと殻割りという下処理に手間がかかった」と話します。しかし、手間を惜しまなかったからこそ多くの人々がガンガゼのおいしさを知ることができたとも言えます。ガンガゼのウニ飯は、惣菜店を営む女性部員が「ぜひともレパートリーに加えたい」と申し出があるなど、反響もありました。 山口県萩・長門農林水産事務所の和田吉晃さんは、長門市内の漁港を調査すると、ガンガゼは25mプール当たりに平均200~300個ほどが確認できると話します。これまで「ウニは高級品」というイメージがありましたが、最近では輸入品など廉価なウニにも需要があります。そうしたなか、下処理の手間を克服するなどの課題はありますが、「海の厄介者」と言われ、未利用資源であったガンガゼは、輸入品のウニに対抗できる、潜在的な需要の高い水産資源であるかもしれません。 海洋環境の変化は漁業関係者に大きな転換を迫る喫緊の課題です。しかしその一方で、これまで食べられてこなかった未利用資源を調理したり、認知度を高め、普及したりすることは、海洋環境変化への適応策の一つとしても注目され、長門女性部の活動は私たちにその意義や重要性を改めて教えてくれます。 20分で完売したウニ飯(写真提供:山口県萩・長門農林水産事務所)長門女性部長の津室好子さんと山口県漁村生活改善士会会長の入江佳江さん(写真提供:山口県萩・長門農林水産事務所)山口県萩・長門農林水産事務所の和田吉晃さん女性食育漁協(JF)SDGs女性活躍中国・四国女性部古江晋也(ふるえ しんや)株式会社農林中金総合研究所調査第二部主任研究員。 専門は地域金融機関の経営戦略の研究ですが、国産食材を生産し続ける人々と、その人々を懸命に支え続ける組織の取材も行っています。 四季折々の「旬のもの」「地のもの」を頂くということは、私たちの健康を維持するだけでなく、地域経済や伝統文化を守り続けることでもあります。 現在、輸入食材はかつてないほど増加していますが、地球温暖化や自然災害が世界的な脅威となる中、農水産物の輸入がある日突然、途絶える可能性も否定できません。 豊かな日本の国土や自然を今一度見つめ直し、今一度、農水産物の生産者や生産を支える組織の人々の声に耳を傾けたいと思います。 ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ 著書:『地域金融機関のCSR戦略』(2011年、新評論)このライターの記事をもっと読む
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