未利用魚「恵比寿ヒラメ」の知名度向上に取り組むJF相馬双葉

食害にあったヒラメ「恵比寿ヒラメ」

福島県産の魚介類や水産加工品は、「常磐もの」として旧築地市場や豊洲市場などで高い評価を受けてきました。「常磐もの」のなかでもヒラメは人気の高い魚種の一つであり、刺し網などで漁獲されています。福島県相馬市に本所を置く相馬双葉漁業協同組合(JF相馬双葉)では、刺し網漁を行う漁業者が、早朝に帯状の網を設置し、翌日朝にその網を引き揚げています。その際、ヨコエビと呼ばれる小型の甲殻類が、漁獲された魚のエラや表皮をかじることがあります。特に夏場はヨコエビの活動が活発になり、深刻な食害を受ける場合もあります。食害を受けたヒラメは、見た目が悪いことを理由に流通できなかったり、低い浜値で取引されたりすることがあります。しかし、漁業者の間では、「ヨコエビの被害にあったヒラメはおいしい」ことが知られていました。

こうした状況のなか、「食害にあったヒラメを流通させたい」「おいしいのに消費されないのはもったいない」という思いから、JF相馬双葉の漁業者は、ヨコエビの食害にあったヒラメである「恵比寿ヒラメ」の知名度向上に取り組んでいます。

ヨコエビによって表皮をかじられた恵比寿ヒラメ

見た目は悪いが、おいしい「恵比寿ヒラメ」

福島県はヒラメの水揚げ量が多く、全国でも有数の産地です。1990年代初めには漁獲量が減少した時期もありましたが、東日本大震災後に資源量は回復しました。さらにJF相馬双葉では、漁業者一人当たりの一日の水揚げ量を制限することや、全長50㎝未満のヒラメを再放流するなどの取り組みを継続してきたことも資源量の回復につながっています。

刺し網漁は一年を通じて行われますが、ヒラメ漁の最盛期は3~7月です。JF相馬双葉青壮年部顧問を務める石橋正裕さんによると、「震災以前は、沖合で刺し網漁を行った際にヨコエビの食害を受けていた」と言います。そして、震災後はヨコエビの発生海域が拡大し、海水温が上昇する夏場には被害が多く見られるようになりました。食害の程度は、表皮が白くなるものから、内臓まで食べられてしまうものまでさまざまですが、水温の高い時期ほど影響が大きくなります。食害を受けるとヒラメの見た目が悪くなるため、活魚出荷が難しくなり、場合によっては廃棄せざるを得ないこともありました。

一方、漁業者の間では「食害を受けたヒラメはおいしい」と言われてきました。その理由は、「ヨコエビにかじられたことでヌメリが取れ、海中で自然に脱血される」ためです。この状態は、ヨコエビがいわば「活締め処理」を行っているとも捉えられます。見た目の評価は劣りますが、味の良いヒラメを消費者に受け入れてもらうことは、未利用資源の活用にもつながります。そこで石橋さんは、食害を受けたヒラメの販路開拓に取り組み始めました。

JF相馬双葉青壮年部顧問の石橋正裕さん

「恵比寿ヒラメ」というネーミング

石橋さんはまず、仲買人に食害を受けたヒラメを提供しました。見た目が劣っていることから「食べられるのか」という声もあったそうですが、実際に試食すると「これはいける」との評価を受けました。さらに石橋さんは、仲買人にサンプルを渡し、飲食店などの反応を聞いてほしいと依頼しました。その結果、「使える」、「使いたい」、「こんなヒラメがあるなら、もっと早く知りたかった」といった声が寄せられました。

2023年1月には、近年漁獲量が増加しているトラフグとともに、食害を受けたヒラメがBS放送のテレビ番組で紹介されました。ただし、放映当時は「虫食いヒラメ」という名称が使われていました。しかし、この名称はイメージが良くないことから、その後、ヨコエビに血を吸われたヒラメであることに注目し、「恵比寿ヒラメ」というネーミングが付けられました。

ヨコエビによって表皮、胸びれ、背びれなどがかじられた恵比寿ヒラメ

「恵比寿ヒラメ」の定義

JF相馬双葉の操業委員会では恵比寿ヒラメを、①食害部分があり、全体の50%がヨコエビにかじられていること、②活魚ではないこと、③欠損部分があること―という3つの要件を満たすヒラメと定義しています。食害が多く発生する夏場は、恵比寿ヒラメとなる可能性が高まります。例えば季節限定の商品とすることで、通常の活魚として出荷されるヒラメとの差別化を図ることや、活魚出荷されるヒラメが刺身用であるのに対し、恵比寿ヒラメはフィレ状に加工して加熱調理用として販売することなど、さまざまな販売方法が検討されています。

恵比寿ヒラメのフィレ

恵比寿ヒラメの知名度の向上には、女性部も力を入れています。JF相馬双葉で水揚げされるヒラメは50㎝以上のものとされているため、肉厚で食べ応えがあります。その特徴を生かし、恵比寿ヒラメを使ったメンチカツを考案するなど、積極的に知名度向上を後押ししています。

海洋環境変化対応策としての「恵比寿ヒラメ」

ヨコエビによる食害は、刺し網漁で漁獲されるヒラメに限らず、カレイ、ホウボウ、イナダなどにも発生しています。食害を受けた魚の味わいは、活魚として出荷される魚と比べても遜色はありませんが、見た目が悪いことから魚価が下がってしまいます。この点が、漁業者にとっては大きな悩みとなっていました。

刺し網漁で漁獲された水産物に付着したヨコエビ

海や川にはさまざまな生物が共存しており、季節や水温の変化によって、漁獲物の状況や品質が変化することは避けられません。そのため「見た目は悪いが味は良い」という魚が適正に評価され、取引される環境が整えば、漁業者の収入の安定につながるとともに、未利用資源の有効活用にもつながります。近年は海水温の上昇などにより、海洋環境が大きく変化しており、今後ヨコエビの食害を受ける海域がさらに拡大することも懸念されます。そうした中、恵比寿ヒラメの取り組みは、海洋環境の変化に対応する方策の一つとしても注目されます。

  • 古江晋也(ふるえ しんや)

    株式会社農林中金総合研究所調査第二部主任研究員。   専門は地域金融機関の経営戦略の研究ですが、国産食材を生産し続ける人々と、その人々を懸命に支え続ける組織の取材も行っています。 四季折々の「旬のもの」「地のもの」を頂くということは、私たちの健康を維持するだけでなく、地域経済や伝統文化を守り続けることでもあります。   現在、輸入食材はかつてないほど増加していますが、地球温暖化や自然災害が世界的な脅威となる中、農水産物の輸入がある日突然、途絶える可能性も否定できません。 豊かな日本の国土や自然を今一度見つめ直し、今一度、農水産物の生産者や生産を支える組織の人々の声に耳を傾けたいと思います。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ 著書:『地域金融機関のCSR戦略』(2011年、新評論)

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