マダイは春の大切な食材 ―持続可能な漁業を目指すJF勝山の取り組み―

定置網で漁獲される春が旬のマダイ

東京湾の入り口に面する千葉県の勝山港では、四季折々にさまざまな魚介類が水揚げされます。なかでも桜が咲く時期に漁獲されるマダイは、色の美しさや魚体のよさが評価されてきました。このマダイは鋸南町勝山漁業協同組合(JF勝山)の定置網で漁獲されたものです。ここでは、このマダイの水揚げと競りの様子を見ていきましょう。

勝山港で水揚げされたマダイ

JF勝山の定置網が設置されているのは、勝山港沖合の2漁場です。定置網は水深45m近くまで伸びています。マダイの成魚は、岩礁域や、その周辺の砂泥底に生息するといわれ、定置網で漁獲された場合、深い場所から浅い場所へ急に移動することになるので、浮袋が膨らみます。この浮袋から空気を抜かないとうまく泳ぐことができず、死んでしまいます。海底の水温と陸上の水温が大きく異なるとき、陸上の水温が高いのでマダイはうまく酸素を吸えないのだそうです。

JF勝山の漁労長である広瀬正幸さんによると、マダイは定置網のなかの「箱網」と呼ばれる部分にいて、定置網の乗組員はたも網でマダイを一匹ずつすくい、海水の入ったダンべと呼ばれる浴槽に移します。

船上でマダイから空気を抜く様子

春のマダイは生きた状態で出荷されるため、この時、乗組員は一匹ずつ肛門から専門の道具で空気を抜きます。空気を抜かれたマダイは、体が傾かず泳ぐことができるようになります。

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マダイは慎重に取り扱われ、料理屋などに出荷

勝山漁港では、毎朝6時ごろから活気がでてきます。港の海側では大きなダンべに海水や氷水が張られ、並べられます。筆者がお邪魔した日は、定置漁船「笠間丸」が6時40分に入港しました。

魚槽から港の海水を入れたダンべにマダイが移されます。このとき、乗組員はマダイに極力触らず、うろこをとらないようにしています。マダイは見た目の美しさも重宝がられるため、慎重に扱われるのです。

マダイに手を触れずダンべに移す様子

JF勝山の職員2人が、マダイを含めて水揚げされた魚の計測と記録を行います。そして魚の重量を紙に書いてダンべの縁に置きます。
朝早くから入札の準備を行っていた職員の篠原佳祐さんは、「主役は漁業者」という思いで仕事を行っています。

入札は9時半からですが、入札前から少しずつ関係者が増え、ダンべの中の魚を確認します。入札の参加者は事前に折り畳み式の小さな黒板を使って、入札したい魚種名と入札額を書き込み、壁に掛けておきます。そして、入札が始まると、その黒板が開示されます。もし、ある魚に対して、2人以上が同じ値段を提示した場合、先に黒板をかけた人が落札することになっています。

入札の風景

入札参加者に聞いたところ、競り落とされた勝山港のマダイは料理屋に出荷されるそうです。勝山港のマダイはお祝いに欠かせない春の大切な食材なのです。勝山の地でも、マダイは慶事で、塩焼きや鯛飯に調理されます。

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「持続可能な漁業」を目指すJF勝山

勝山沖は東京湾の中でも春に旬を迎えるマダイが最もとれる漁場として知られてきました。ただ、ここ2年ほど、最盛期3月後半から4月のマダイの漁獲量が低迷しています。その一方、産卵後の痩せたマダイが5~6月に大量にとれるそうです。海の異変を日々、JF勝山の関係者は感じています。また、2019年の台風15号による被害、2020年からのコロナ禍による需要低迷と、試練が続いています。

このような厳しい状況ですが、JF勝山では、従来から行ってきた持続可能な漁業を目指した努力を積み重ねています。例えば、JF勝山では定置漁業に携わる乗組員の労働条件の改善を行っており、給与体系は歩合給から固定給とし、福利厚生を整えてきました。
代表理事組合長の平島孝一郎さんは、「若い人の生活を守らなくては」との思いで、定置網や漁船の償却も計画的に行い、健全性の高い定置漁業経営を目指しています。また、コロナ禍以前は、乗組員の慰労のための催しも積極的に行ってきました。この結果、若手の乗組員が多いという強みがあります。

左から、広瀬漁労長と職員の篠原さん

広瀬漁労長は、労働の安全性について「乗組員の技量を把握することが大切」といいます。とくに時化のときの対応をどうするかを考えるそうです。やはり、無理はしないということを第一としています。そして作業は、基本的に急がせないようにしているそうです。

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漁協直営食堂『なぶら』では低利用魚を有効活用

JF勝山は、低利用魚の活用も熱心に行っています。水揚げ作業では、乗組員は魚を選別するなど、きびきびと働いていました。その乗組員のそばで、平島組合長も熱心に魚をみていました。

水揚げされた魚の仕分け作業
魚を選ぶ平島組合長

これは、JF勝山が経営する食堂『なぶら』(勝山港の周辺では魚群の意味)の食材選びも兼ねているのです。『なぶら』では、この目利き力が食堂の強みとなっています。例えば、マダイの目の部分が擦れていると市場で評価が低くなりますが、味に問題は全くないので『なぶら』で使われます。どの魚をどの時期に食べたら美味しいかという「漁師による」絶妙の判断に基づいて提供される食材を地元の女性の方々が調理しています。

このように組合長が選んだ低利用魚を使うことで、経費は低く抑えられています。平島組合長は『なぶら』について、「消費者に安く、提供する」ことを心がけているそうです。このような『なぶら』を「お客様が情報発信してくれている」ことが励みとなっています。

試練のなかでも漁業経営の健全性を維持しつつ、漁労の安全性にも配慮し、さらに一つひとつの漁獲物の価値をあげるべく努力するJF勝山は、「持続可能な漁業」の方向性の1つであるといえるでしょう。

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【新刊情報】
Sakanadiaに寄稿いただいている農林中金総合研究所の古江晋也さんと田口さつきさんの書籍が発売されました!
▶『隣の協同組織金融機関 ~持続可能な地域社会をめざして~』(KINZAIバリュー叢書)

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    農林中金総合研究所主任研究員。専門分野は農林水産業・食料・環境。   日本全国の浜を訪れるたびに、魚種の多さや漁法の多様さに驚きます。漁村には、お料理、お祭り、昔話など、沢山の文化があります。日本のなかには一つも同じ漁村はなく、魅力にあふれています。また、漁業者は、日々、天体、潮、海の生き物を見ているので、とても深い自然観を持っています。漁業者とお話をしていると、いつも新たな発見があります。   Sakanadiaでは、そんな漁業者の「丁寧な仕事をすることで、鮮度の高い魚介類を消費者の食卓に届けよう」という努力や思いをお伝えできればと、思っています。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ

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