全国トップの養殖カンパチの生産量を誇るJF垂水市

台風から復興し、全国トップの生産量に

JF垂水市の組合員の皆さん(写真提供:JF垂水市)

鹿児島県垂水市(たるみずし)に本所を置く垂水市漁業協同組合(JF垂水市)の地先は、錦江湾という暖かい海水が流れる静穏域で、1980年代後半までハマチやブリの養殖が盛んに行われていました。しかし、1989年7月には襲来した台風によって養殖生け簀が損壊するなど、壊滅的な被害を受けました。生け簀から逃げ出したハマチやブリは巻き網漁業者の協力を得て回収しましたが、甚大な被害を受けたJF垂水市と組合員はその後、まさに「一からのスタート」を余儀なくされました。

事業再開に際し、組合員は再びハマチやブリを養殖するという選択肢もありましたが、これまでのノウハウを生かすことができ、且つ、ハマチやブリよりも魚価が高いカンパチの養殖事業を行うことにしました。ただ、カンパチの稚魚はブリの稚魚よりも高価であり、多額の資金が必要であったため、養殖業を行う組合員は幼魚の数を徐々に増やすこととしました。幼魚の大半は中国から輸入されていますが、その2割が垂水市で養殖されています。そしてJF垂水市が出荷する養殖カンパチは「海の桜勘」(うみのおうかん)というブランド名で販売され、東京や大阪などの大都市圏に出荷されるとともに、米国などにも輸出されています。ここでは、国内トップの生産量を誇るJF垂水市のカンパチ養殖の取り組みを紹介します。

JF垂水市のブランドカンパチ「海の桜勘」(写真提供:JF垂水市)

カンパチの養殖事業の流れと組合員同士の助け合い

2025年4月現在、JF垂水市の正組合員数は389人(准組合員数174人)であり、正組合員のうち300人ほどが養殖事業に従事しています。1990年代当時は、家族経営が主体でしたが、徐々に会社組織へと転換していきました。後継者不足などから養殖業者数は減少傾向にありますが、1経営体当たりの経営規模は拡大しています(生け簀数は587基)。JF垂水市は共販体制を採用しており、周年出荷が可能であることが大きな特徴です。

それでは、カンパチの養殖事業の流れを簡単にまとめてみます。カンパチの稚魚の多くは5月上旬に中国から輸入します。カンパチは出荷するまでに1年半から2年4か月の期間がかかります。出荷時期は養殖業者の経営判断によって決まり、毎月1基ずつ出荷することを目標にしている養殖業者や、取引先の要望や資金繰りなどの要因によって出荷のタイミングを計る養殖業者もいます。

幼魚の段階ではエサやりを毎日行いますが、出荷時期が近くなると、エサやりを週3回のペースに変更するなど、養殖業者は出荷するカンパチの大きさをエサやりの回数などで調整します。

給餌作業の様子(写真提供:JF垂水市)

生け簀は、縦・横・高さがともに8メートルほどあり、1基に1万~1万2,000㎏分のカンパチを投入することが目安とされています。これは、過密養殖を避けるための基準です。さらに、カンパチが成長するにしたがって生け簀を移し替え、出荷直前の生け簀には3,000~3,500匹が入っています。

カンパチを養殖するうえで気を付けなければならないことの一つがハダムシの付着です(ハダムシはブリにも付着します)。ハダムシは1㎝ほどの生き物ですが、多数付着すると、カンパチの成長が阻害されます。また、カンパチはハダムシが付着すると生け簀に体をこすりつけますが、このことでカンパチに傷が付き、最悪の場合は衰弱死する可能性もあります。そこで養殖業者は薬浴作業を行います。薬浴作業は人手や手間がかかるため、JF垂水市ではいくつかの養殖業者が力を合わせ、協同で作業を行うことにしています。JF垂水市参事の秋峯太さんによると、JF垂水市組合員は常に「カンパチ・ファースト」「カンパチ優先」を心がけ、厳しい状況を乗り越えてきた経験から、組合員同士が協力し合い、密な情報共有を実施しているといいます。JF垂水市が全国トップの生産量を誇るまでに成長した要因は、錦江湾という養殖事業に適した自然環境に加え、組合員同士が助け合ってきたことも注目されます。

JF垂水市参事の秋峯太さん

養殖カンパチのブランド化

鹿児島県では、品質が優れ、市場や消費者のニーズに応えられるなど、県内生産者のモデルとなる養殖ブリやカンパチを「かごしまのさかな」に認定しています。JF垂水市の養殖カンパチも「かごしまのさかな」に認定されましたが、同組合ではこの認定を機にブランド化をすることにしました。ブランド名は垂水市の小・中学校生徒1,448人から公募し、桜島とカンパチの身の色である「桜」とカンパチ(勘八)の「勘」に由来した「海の桜勘」となりました。

また、エサについてはJF垂水市、養殖業者、配合飼料メーカーが協力し、鹿児島県産の茶葉と焼酎粕を配合した鹿児島県ならではのエサを開発しました。特に茶葉を配合したことで鮮度が保持されるとともに、ビタミンEの増加とコレステロール含量の減少といった効果もあらわれました。そして味わいも「噛めば噛むほど甘い」と言われるようになりました。

ブランド化とともに加工場もオープンしました。水揚げ後、加工場では頭、内臓や血合いをきれいに洗い流し、機械で3枚におろした後、真空パックの状態で出荷します。加工場が稼働したことで量販店との取引が増えるようになりました。

前述したように海の桜勘は米国にも輸出しています。国内では5㎏以上になると規格外として値段が下がりますが、海外では脂の乗りがよいと大きくても値段が下がりません。そのため5㎏以上に成長したカンパチは輸出用となり、寿司ネタ、ポキという丼料理、ソテーなどで食べられています。

「海の桜勘」の水揚げ作業(写真提供:JF垂水市)

海水温の上昇とカンパチ養殖の課題

錦江湾は養殖業が盛んな地域ですが、海水温の上昇などの海洋変化を受け、近年ではいくつかの課題に直面するようになりました。

1つ目は、ハダムシが高水温でも活動するようになったことです。これまでハダムシは水温が30度を超えるといなくなったそうですが、最近では30度を超えてもハダムシが付着するようになり、薬浴作業の回数が増えています。このことは養殖業者に作業負荷がかかることを意味します。

2つ目は、中国で幼魚が獲れなくなったことです。そのため幼魚の輸入量が将来的に減少するのではないかとの危機感があります。カンパチ養殖では、2010年代半ば頃から人工ふ化で育った稚魚(人工種苗)を活用していますが、まだ高水温という環境下でも丈夫に育つ種苗の開発までには至っていません。また、人工種苗が開発されても、その種苗を安定的に生産する養殖技術の確立も重要です。そこでJF垂水市では毎月、人工ふ化で育った稚魚の体長を測定し、記録しています。さらに、組合長の篠原重人さんは給餌時間の間隔を計測し、各組合員に情報を共有したりするなど、養殖技術確立の基礎となるデータ蓄積を進めています。

以上、JF垂水市のカンパチ養殖についてまとめてみました。89年の台風による甚大な被害から復興を遂げたJF垂水市の組合員は、養殖ハマチやブリからカンパチへと魚種転換を行い、現在では全国トップの生産量を誇るまでになりました。この背景には、組合員である養殖漁業者の協同作業が支えになっていることが注目されます。

また近年では、海水温の上昇への懸念が高まっていますが、今後も海水温が上昇するということを前提に考えると、高水温に耐性のある人工種苗の開発とその養殖技術の確立は喫緊の課題です。こうした中、組合員同士が養殖事業を助け合うとともに、人工種苗の安定的な生産のため養殖技術の向上を目指すJF垂水市の事例は、海洋変化の今後の対応を検討するうえで大きな示唆を与えてくれます。

  • 古江晋也(ふるえ しんや)

    株式会社農林中金総合研究所調査第二部主任研究員。   専門は地域金融機関の経営戦略の研究ですが、国産食材を生産し続ける人々と、その人々を懸命に支え続ける組織の取材も行っています。 四季折々の「旬のもの」「地のもの」を頂くということは、私たちの健康を維持するだけでなく、地域経済や伝統文化を守り続けることでもあります。   現在、輸入食材はかつてないほど増加していますが、地球温暖化や自然災害が世界的な脅威となる中、農水産物の輸入がある日突然、途絶える可能性も否定できません。 豊かな日本の国土や自然を今一度見つめ直し、今一度、農水産物の生産者や生産を支える組織の人々の声に耳を傾けたいと思います。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ 著書:『地域金融機関のCSR戦略』(2011年、新評論)

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