マーケット・インの発想で、オンリーワンを目指した「伊勢まだい」 ―JF三重漁連によるブランド化の取り組み―

錦湾(三重県度会郡大紀町)の養殖生け簀

コロナ禍においても消費者から支持されてきた

2020年1月中旬、国内で初めて新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の感染者が確認されたことを受け、飲食店から客足が遠のくようになりました。

3月下旬には、政府や地方自治体が国民に外出自粛を要請すると、飲食業界は「売上蒸発」と呼ばれる事態に直面しました。そのため、本来ならば多くの飲食店で消費されたはずの食材が、量販店で通常よりも大幅に安い価格で販売されるようになりました。

三重県内でも同じような動きが一部で見られ、他県産の養殖魚などが地元の量販店に並びました。
しかし、そのような状況の中でも三重県漁業協同組合連合会(JF三重漁連)が取り扱う「伊勢まだい」は、地元の消費者などに優先的に購入して頂けたため、コロナ禍の混乱に巻き込まれることも少なく、比較的安定的に販売できたそうです。

東日本大震災をきっかけに「伊勢まだい」のブランド化に取り組む

三重県の熊野灘地区は全国でも有数の養殖漁業の盛んな地域です。

1960~80年代前半にかけてはハマチの養殖が主流でしたが、その後は全国的にハマチの養殖が盛んとなり、産地間競争が激しくなったことから、マダイの養殖に力を入れる養殖業者が増加しました。

「伊勢まだい」の刺身(写真提供:JF三重漁連)

三重県の2020年における養殖マダイの生産量は全国第4位の規模(3538トン)となっていますが(三重県ウェブサイト)、2010年代初めまではブランド化などが行われておらず、「三重県産養殖マダイ」として出荷されていました。

転機を迎えたのは2011年3月に発生した東日本大震災です。同震災によって養殖施設が損壊した養殖業者のなかには、経済的にも、精神的にも大きな被害を受け、廃業を決断する人もいました。この状況から立ち直り、再び三重県産養殖マダイを活性化させたいとの考えから、JF三重漁連や養殖業者、三重県水産研究所はブランドづくりに着手しました。

ブランド化にあたっては、まず、先行して養殖魚のブランド化に取り組んでいる地域を訪問したり、養殖業者と幾度も議論を重ねたりしたことで、考えを具体化させました。

「伊勢まだい」のブランド化を担当したJF三重漁連指導部長の植地基方さんと指導部水産振興室副調査役の奥田和敬さんによると、当初は「養殖業者個人が理想とするマダイを生産したい」という意見もあったそうです。しかし、議論を重ねるうちに「マーケット・インの発想で、オンリーワンのマダイを生産すべきだ」という意見に集約されたそうです。

JF三重漁連指導部長の植地基方氏と 水産振興室副調査役の奥田和敬氏

また三重県の養殖業者の経営規模は相対的に大きくないことから、流通市場で取り扱ってもらうためには「1つのブランドを複数の養殖業者で育成していく」ことが重要でした。この考えについては、若手の養殖業者が興味を示しましたが、長年養殖業に取り組んできた漁業者の中には、「みんなで1つのブランド」という発想に抵抗感がある人もいました。そのため「伊勢まだい」の取り組みは、若手の養殖業者が中心となって始まりました。

三重県産のかんきつ類、海藻、伊勢茶を餌に配合し、「あっさりした味わい」に

「伊勢まだい」の特徴は、三重県産のかんきつ類、海藻、伊勢茶を配合した独自の餌を与えていることです。

かんきつ類は熊野地区などで栽培されたみかんなどの皮、海藻はアラメ、ヒジキやワカメなど、茶は伊勢茶を粉末状にし、モイストペレットに配合します。この3つの原材料を使用することで、通常の養殖マダイとは全く異なる「あっさりとしたマダイ本来のおいしさ」が味わえます。

これらの原料の確保に当たっては、JF三重漁連は産地まで足を運びました。また養殖業者や三重県水産研究所の協力で理想とする身質にするために必要な給餌回数などを確定しました。

餌に含まれる三重県産のかんきつ類、海藻、伊勢茶(写真提供:JF三重漁連)

ただ、当時の養殖マダイの流通市場は、全般的に「値段が安い」ということを重視していたため、「身質のよさ」を理解してもらうことは難しかったそうです。ただそのようななかでもJF三重漁連の営業担当者は「訴求力や提案力の高さが重要である」と判断し、東海圏でまず取り扱うことになりました。このことが通常の養殖マダイと異なるポジショニングを獲得するきっかけとなりました。

加えて、量販店に卸す上で重要なことは、「年間を通じて出荷できる」ということです。そこで「伊勢まだい」ブランドを支える養殖業者は、月1回、出荷スケジュールを調整し、安定的に出荷できる「リレー方式」という出荷体制を構築しました。この切れ目のない出荷体制ができたことで首都圏の量販店などからも引き合いが増えました。

さらに「伊勢まだい」の認知度を向上させるため、養殖業者が店頭販売にも積極的に参加し、「伊勢まだい」の魅力を消費者にフェイス・トゥ・フェイスで伝えました。その際、「伊勢まだいは、ごまとの相性がとてもよく、ごまだれや練りごまと合わせるとおいしい」など、これまでとは異なる食べ方を提案したことも消費者の関心を高めました。

ごまだれと合わせた「伊勢まだい」

「最後の最後まで」丁寧に育てられる「伊勢まだい」

「伊勢まだい」の稚魚を生け簀に放流する時期は、出荷計画によって春先から秋口と長期間に及びます。出荷サイズは約1.5㎏ですが、同サイズにまで成長するには1年半ほどかかります。

1つの生け簀には8㎝ほどの稚魚を1万匹ほど入れますが、稚魚が成長し、魚体が大きくなると、擦れなどが生じて病気になる可能性が高まります。そこで1つの生け簀で飼育していたマダイを2つの生け簀に分けて飼育する「分養」という作業を行います。

給餌は魚の健康状態を確認しながら与えます。出荷時期が近づくときれいな赤色を維持するため、日焼け防止のシートで生け簀を覆います。

水揚げされた「伊勢まだい」は、JF三重漁連が運営する三重県尾鷲市または神奈川県三浦市にある生鮮加工流通センターに運ばれ、フィレー(3枚おろし)やロイン(3枚におろした身を背と腹に分けたもの)などに加工されます。

また「伊勢まだい」は活魚車で市場に運ばれるものもあり、締めたその日のうちに店頭に並ぶ量販店もあります(鮮度を保つため短時間で消費者に届ける供給体制を構築)。このスピードが他の養殖魚との差別化にもつながっています。

伊勢まだい生産部会長の西村宗伯さん

伊勢まだい生産部会長を務める西村宗伯さんは東京都の築地で勤務した後、父親の跡を継ぎ、「伊勢まだい」の生産を行っています。

日々の業務は給餌や網のメンテナンスなどです。餌は魚体重の2%ほどが適正といわれ、生け簀の中心に向かって餌を与えます。このことによって生け簀に餌の留まる時間が長くなり、ムダなく給餌することができます。

生け簀の中心に餌を投入する

網のメンテナンスは、網に海藻などが付着すると潮通しが悪くなるため、数か月に1度は潜水して取り除きます。フジツボなどは手作業で一つ一つ取り除くそうです。また擦れなどで網の強度が弱くなった場合は、張り替え作業を行います。

台風が襲来する場合は、船で生け簀を安全な場所に移動しますが、その際は、魚に負担をかけないように2~3時間かけて移動させるそうです(すべての作業が完了するまでには2~3日ほどかかります)。最近は天気予報の精度が向上したため、段取りよく作業ができるようになったそうですが、それでも台風襲来前は寝る間を惜しんで作業を行うなど、大変な労力が必要になります。

錦湾から生け簀を設置している場所までは、直線距離で1~2㎞ほどの距離ですが、水揚げを行う際には、港の蓄養施設まで生け簀を1時間ほどかけてゆっくり運びます。その理由は、まさに「最後の最後」で、魚体に傷が付かないようにするためです。

「伊勢まだい」(写真提供:JF三重漁連)

以上、「伊勢まだい」のブランド化の取り組みと生産の様子をまとめてみました。

近年、量販店にはさまざまなブランド名の養殖魚が並べられていますが、明確な違いを見出すことが難しくなっています。こうしたなか西村氏は、「『伊勢まだい』ブランドとは、多くの人々のさまざまな思いが寄せられ、凝縮されたものである」と話すように、「オンリーワン」を目指してきたがゆえに、コロナ禍という未曽有の事態においても低価格競争に陥らなかったことは注目されます。

前述したように「伊勢まだい」の特長は、①三重県産の3つの原材料を配合した地元の想いを体現していること、②「さっぱりヘルシー」というキャッチコピーのように他産地の養殖マダイと明確に味わいが異なっていること、③新たな食べ方を提案していることなど、ユニークな点があげられますが、やはり逆境のなか、地域の生き残りのため、徹底的に議論を重ね、ブランドのポジショニングを明確に設定してきたことは重要なポイントと考えられ、養殖魚のブランド化戦略のあり方を検討する上でも、私たちに多くの示唆を与えてくれます。

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三重県のプライドフィッシュ/伊勢まだい

  • 古江晋也(ふるえ しんや)

    株式会社農林中金総合研究所調査第二部主任研究員。   専門は地域金融機関の経営戦略の研究ですが、国産食材を生産し続ける人々と、その人々を懸命に支え続ける組織の取材も行っています。 四季折々の「旬のもの」「地のもの」を頂くということは、私たちの健康を維持するだけでなく、地域経済や伝統文化を守り続けることでもあります。   現在、輸入食材はかつてないほど増加していますが、地球温暖化や自然災害が世界的な脅威となる中、農水産物の輸入がある日突然、途絶える可能性も否定できません。 豊かな日本の国土や自然を今一度見つめ直し、今一度、農水産物の生産者や生産を支える組織の人々の声に耳を傾けたいと思います。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ 著書:『地域金融機関のCSR戦略』(2011年、新評論)

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