組合員同士の協力と対話で資源管理に取り組む「泉佐野のトリガイ」

石桁網漁で漁獲される甘みのある泉佐野のトリガイ

大阪府泉佐野市は、石桁網(いしげたあみ)漁が盛んな地域です。石桁網漁は、船で袋状の網の付いた鉄枠を引っ張る漁法で、海底に生息する魚や貝が網に入ります。

泉佐野市で盛んな石桁網

この漁法は、底引き網漁と同じですが、大阪府南部の泉州地域では、枠の両側に重りとして石を取り付けていたことから石桁網漁と呼ばれてきました。
大阪湾の石桁網漁はガザミ、シャコ、ウシノシタ(シタビラメ)などに加え、「甘みがある」といわれる「泉佐野のトリガイ」が漁獲されます。

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トリガイの最もおいしい時期は大相撲大阪場所が開催される3月

泉佐野漁業協同組合(JF泉佐野)の組合員である漁業者の大半は石桁網漁を行っています。
トリガイの漁期である2月から10月末までは早朝5時半に出港して漁を行います。筆者が泉佐野漁港を訪れた7月初頭はトリガイとアカガイが多く水揚げされていました。
トリガイは水深8~20mの泥地に生息していますが、漁業者の話によると漁場によっては、トリガイとアカガイが両方とも生息している場所、トリガイの成長が相対的に遅い場所などがあるそうです。そのため漁が終わると漁業者同士で情報交換を行い、次回の漁の参考にするそうです。 

水揚げされたばかりのアカガイ

トリガイは季節によって食感や味わいが変化します。泉佐野のトリガイが最もおいしいといわれるのが、大相撲の大阪場所が開催される3月です。JF泉佐野の木下亮平理事によると、この時期のトリガイは「肉厚となり、脂が乗ることから甘みが増す」と話します。しかしその反面、バケツで水をかけると割れるほど、殻が薄くなるそうです。
一方、11月から1月のトリガイは身が固くなり、うまみも少なくなります。そのため、石桁網漁を行う漁業者で組織しているJF泉佐野底引き部会では11月から1月を禁漁期とし、旬の時期に漁獲することにしています。

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禁漁期間・区域の設定と海底耕耘

アカガイと比較して殻が割れやすいからか、トリガイには天敵が多いそうです。石桁網漁を行うと、網にはヒトデ、スベタガイ、エイなども入ります。

トリガイの天敵であるエイ

特にエイは力が強いため、混獲すると鉄枠で海底をひくことができなくなります。また水揚げ時には「尾棘(びきょく)」と呼ばれる針に注意しなければなりません。尾棘は長靴を貫通させるほどの鋭さがあるため、漁業者は大けがをする可能性があります。漁業者の仕事は危険と隣り合わせであることが改めてわかります。

一方、資源管理については、前述した禁漁期間の設定に加え、禁漁区域の設定と再放流があります。禁漁区域は泉佐野漁港からほど近い関西国際空港周辺と沿岸から2㎞の海域であり、これらの地域では石桁網漁が禁じられています。また殻の幅が6㎝未満のトリガイは再放流することにしています。これらの取り組みはJF泉佐野底引き部会の部会員が話し合いで決めました。

また注意しなければならないことが貝毒です。貝毒が発生するとトリガイ漁は全面禁止となり、禁止期間が長期間に及ぶことになると、漁業者は大きな打撃を被ります。そのため最近では貝毒の原因となる植物性プランクトンを捕食する動物性プランクトンの活動を活発化させるため、海底耕耘を毎年1月に実施しています。
同作業にはほとんどの漁業者が参加し、近隣の漁協や漁業者も協力します。
このように大阪湾では多くの漁業者の話し合いや協力のもとに持続可能な資源管理が行われていることが注目されます。

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「オークション方式」を採用するJF泉佐野の競り

JF泉佐野に所属する漁業者は1月と7月にくじ引きを行い、競りに水産物を出す順番を決めます。
競りは午後2時にサイレンの音とともにスタートするため、最初に水産物を競りに出す漁業者は午後1時30分頃に帰港しなければなりません。
帰港すると漁業者はすぐに競り場に水産物を運び、競り場で待ち構えていた漁業者の家族は、水産物を入れる「セイロ」と呼ばれる箱を洗ったり、水産物をセイロに詰め替えたりと、競りの時間に間に合わせるように手際よく作業を行います。

競り場に運ばれるトリガイ
競りが始まる前に漁業者の家族がセイロを洗う
大きさ別にトリガイをセイロに並べる

競りは約1時間で終了するため、競りの順番が最後の漁業者は、最初の漁業者より約1時間長く漁を行うことができます(競りの順番が最初となった漁業者は次回、順番が最後となります)。

JF泉佐野の競り

JF泉佐野の競りは、漁協職員が水産物の重さをはかることはせず、漁業者がセイロに入れた水産物について仲買人が瞬時に値付けをする、まさに「オークション」のような競りです。仲買人は指で金額を示す「手やり」を競り人に示します。競り人を務めるJF泉佐野の唐妻聖矢さんは30人弱の仲買人の手を見落とさないように注意を払いながら競りを進めます。
競りの間は、決して気が抜けない緊張の連続であり、終了すると「ホッとする」と話します。漁協職員は隔日ごとに競り人を担当しますが、ベストな状態で仕事ができるように日々の体調管理に気を付けるそうです。

左からJF泉佐野職員の唐妻聖矢さん、木下亮平理事

以上、泉佐野のトリガイについてまとめてみました。トリガイは潮の流れや水温など、自然条件の変化によって漁獲量の変動が大きい魚種の一つですが、JF泉佐野の組合員は底引き部会を中心に頻繁に対話を繰り返したり、貝毒の発生を防止するため海底耕耘に取り組んだりするなど、さまざまな努力を積み重ねることで持続可能な漁業を目指してきました。
JF泉佐野の事例は、持続可能な漁業に取り組むには組合員同士の協力と対話が欠かせないことを私たちに再認識させてくれます。

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    株式会社農林中金総合研究所調査第二部主任研究員。   専門は地域金融機関の経営戦略の研究ですが、国産食材を生産し続ける人々と、その人々を懸命に支え続ける組織の取材も行っています。 四季折々の「旬のもの」「地のもの」を頂くということは、私たちの健康を維持するだけでなく、地域経済や伝統文化を守り続けることでもあります。   現在、輸入食材はかつてないほど増加していますが、地球温暖化や自然災害が世界的な脅威となる中、農水産物の輸入がある日突然、途絶える可能性も否定できません。 豊かな日本の国土や自然を今一度見つめ直し、今一度、農水産物の生産者や生産を支える組織の人々の声に耳を傾けたいと思います。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ 著書:『地域金融機関のCSR戦略』(2011年、新評論)

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