水産業の新戦略 ご当地シイラ「とよひめシイラ」の認知度向上を推進~JF舘浦の挑戦~ 2025.9.3 田口 さつき(たぐち さつき) 印刷する 恵まれた漁場で肥えたシイラ長崎県平戸市に本所を置く舘浦漁業協同組合(JF舘浦)は2019年2月からシイラのブランド化に取り組みました。代表理事組合長の鴨川周二さんによると、JF舘浦管内は「日本海から東シナ海へ回遊する魚が本土と生月島の狭まった海域を通る好漁場」だそうです。特にシイラは毎年、9月頃から11月頃にかけてトビウオを追いかけて集まるため、国内でも有数の産地となっています。 シイラは、海外で人気が高く、盛んに輸出されていますが、国内ではスーパーなどでもあまり見かけることのない魚でした。そこでJF舘浦では、「美味しいシイラを適正な価格で国内市場に流通させたい」という考えから、シイラを「とよひめシイラ」と名付けてブランド化する「シイラプロジェクト」をスタートさせました。 2023年8月に初出荷された「とよひめシイラ」は、現在、平戸市内の飲食店に提供されたり、スーパーに並べられたりするようになりました。また最近では、地元の小中学生にも人気があります。シイラという魚価が低く、馴染みのなかった魚がブランド魚に生まれ変わった要因は、JF舘浦の役職員が一丸となった努力を積み重ねてきたためです。ここでは、JF舘浦の「とよひめシイラ」のブランド化の軌跡を紹介します。 「とよひめシイラ」(写真提供:JF舘浦)ブランド化までの準備JF舘浦は自営で定置網を設置していますが、その漁獲量の半分がシイラです。自営定置網を担当する専長の藤永雅之さんは、JF舘浦で採れるシイラの価値と将来性を強く感じ、JF舘浦にシイラの販売促進を提案しました。そこで、2019年2月にプロジェクトチームが発足し、販売担当理事の坂本浩一さんがブランディングの担当となりました。 ブランド化に向け、JF舘浦では、1)ブランド基準の確立、2)シイラ食文化の調査、3)シイラの市場での評価、4)他のシイラ産地の視察といった入念な準備をしました。 特に、1)のブランド基準については、シイラの美味しさが身を切らなくてもわかるようにするため、フィッシュアナライザの導入を目指し、県北水産業普及指導センターに協力を求めました。またJF舘浦は2020年にシイラの検体を長崎県総合水産試験場に運び、シイラの成分分析も依頼しました。 水産試験場の分析によると、JF舘浦のシイラは他の地域で水揚げされるシイラより脂質が高いことが判明しました(注)。また、オスよりもメスの脂質が高いこともわかりました。 そこで、関係者はフィッシュアナライザでシイラの脂質を計測し、脂質による選別が可能な体制を整えました。そして、メスのシイラで、脂質4%以上、かつ、鮮度管理した個体を「とよひめシイラ」とすることにしました。 シイラの身は、EPAやDHA、ゼラチン質が豊富な一方、ヒスチジンも含まれています。ヒスチジンは、温度管理が不適切であるとヒスタミンに変換され、食あたりの原因となります。そのため、JF舘浦では、血抜きや温度管理の方法を統一することとしました。なお、JF舘浦では、平戸市内で水揚げされた脂質4%以上のメスのシイラ、鮮度管理(血抜き・温度管理等)の基準を満たせば、市内のJFも「とよひめシイラ」として出荷することを認めています。 シイラプロジェクトメンバーの皆さん(左から販売担当理事の坂本浩一さん、専長の藤永雅之さん、業務部長の吉江俊一さん、代表理事組合長の鴨川周二さん)「とよひめシイラ」が出荷されるまでJF舘浦では、午前6時に自営定置網に向け、漁船が出航します。漁獲されるシイラは1mを超える大型個体であり、船上で処理するのは難しい魚です。まずはしっかり冷やすため、船の魚槽に海水に混ぜた氷を積込み、出漁します。藤永専長は、「あまり冷やし過ぎると水揚げした後で血が固まり脱血できなくなるため、魚槽の温度調節が重要」といいます。6時半頃から網上げ作業に入りますが、網から魚槽へと魚を移動させる時はクレーンを利用します。シイラを魚槽に入れ終わると、漁港に向かいます。わずか5分ほどで漁船は漁港に着きます。漁港では船の乗組員(10名ほど)と漁協の職員でシイラの水揚げ作業を行います。水揚げ後、漁船は再び漁場に戻ります。 一方、漁協の職員は、まずシイラをオスとメスに分け、フィッシュアナライザでメスのシイラの脂質を計測します。そして脂質が6%以上のシイラが「とよひめシイラ」となります。ブランドとしての基準は脂質4%以上ですが、さらに念を入れて6%以上で選別しています。「とよひめシイラ」は血抜きし、10℃以下に冷えた氷水のなかに入れ、最後にオゾン水で殺菌し梱包されます。オスのシイラや「とよひめシイラ」にならなかったメスのシイラは、輸出用や加工用となり、こちらもしっかりした鮮度管理がなされます。この選別から出荷までの作業を指揮しているのが業務部長の吉江俊一さんです。「フィレ」など一次加工したシイラの需要が高いため、JF舘浦は2025年度、一次加工のための加工場を建設しました。 シイラの水揚げ(写真提供:JF舘浦)フィッシュアナライザによる計測(写真提供:JF舘浦)脱血中の「とよひめシイラ」(写真提供:JF舘浦)しっかり冷えた魚槽のシイラ(写真提供:JF舘浦)認知度向上に向けた活動「とよひめシイラ」の名称は地元の比賣神社の氏神である豊玉姫にちなんでおり、羽衣をまとった「とよひめシイラ」キャラクターのステッカーを発泡スチロールにつけ、出荷しています。同じデザインのステッカー、キーホルダー、のぼりも販促資材として活用しています。 また、JF舘浦の荷捌き所を会場として「シイラヴフェスタ」を毎年開催しています。その一環として料理コンテストがあり、一般の方から飲食店関係者まで自慢のシイラ料理を披露します。2024年には、参加者にコンテストに出品した料理を販売してもらいました。このような行事を通じて地元でシイラを買いたいという要望が高まっています。 また、地元の栄養士もシイラを高く評価し、平戸市内の小中学校から給食に採用したいという要望を受けています。2025年度は2.5トンのシイラを学校給食向けに供給する予定です。 シイラプロジェクトにより、JF舘浦のシイラへの需要は増し、シイラ全体の販売価格が上昇しました。それだけでなく、成分分析、 鮮度保持、流通に関しても勉強した結果、役職員の魚に対する思いが高まったそうです。定期的に役職員や行政、専門家がシイラプロジェクトの会議を行うことで情報共有が進みました。組合長の鴨川さんは、「職員の水産物を売り込む技術は格段に上がっている」と話します。今後は、シイラプロジェクトで得たノウハウを他の魚種へも応用していく予定です。 JF舘浦が開催するシイラヴフェスタ(注)野口絵理香・大島育子・宮木廉夫(2023)「長崎県平戸市定置網で漁獲されたシイラ Coryphaena hippurus の粗脂肪量」、Bulletin of Nagasaki Prefectural Institute of Fisheries No.48 https://www.pref.nagasaki.jp/shared/uploads/2023/03/1678059468.pdf(25年8月25日アクセス) 協同組合漁協(JF)九州イベント定置網田口 さつき(たぐち さつき)農林中金総合研究所主任研究員。専門分野は農林水産業・食料・環境。 日本全国の浜を訪れるたびに、魚種の多さや漁法の多様さに驚きます。漁村には、お料理、お祭り、昔話など、沢山の文化があります。日本のなかには一つも同じ漁村はなく、魅力にあふれています。また、漁業者は、日々、天体、潮、海の生き物を見ているので、とても深い自然観を持っています。漁業者とお話をしていると、いつも新たな発見があります。 Sakanadiaでは、そんな漁業者の「丁寧な仕事をすることで、鮮度の高い魚介類を消費者の食卓に届けよう」という努力や思いをお伝えできればと、思っています。 ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページこのライターの記事をもっと読む
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