温湯駆除で付加価値の向上を目指す―JF三陸やまだによるカキ復興の取り組み―

東日本大震災を乗り越えたJF三陸やまだのカキ

JF三陸やまだのカキ(写真提供:JF三陸やまだ)

岩手県沿岸中央部に位置する山田湾は、重茂半島と船越半島に囲まれていることから波の穏やかな日が多いという特徴があります。また湾内には織笠川、大沢川、関口川という3つの川が豊富な栄養塩を供給するため、カキ、ホタテ、ワカメの養殖が盛んに行われてきました。

2009年には山田湾内を取り囲むように位置していたJF大浦、JF織笠、JF山田湾、JF大沢が合併し、JF三陸やまだが誕生しました。

山田湾の養殖施設

しかし、2011年3月に発生した東日本大震災によって養殖施設は壊滅的な打撃を被りました。
震災から10年超が経過した今日、山田湾の養殖事業は再び活気を取り戻しましたが、その努力は並大抵のものではありませんでした。

ここでは「塩味が少なく、貝本来の味を強く感じる」といわれるJF三陸やまだのカキの復興までの道のりと、生産の特徴を紹介します。

東日本大震災からの復興

東日本大震災直後の山田湾はまさに「瓦礫の山」となりました。

震災を受け、高齢の漁業者のなかには廃業をする人も少なくなかったそうですが、それでも多くの漁業者は力を合わせ、復旧、復興に尽力しました。

余震がおさまった後、山田湾の漁業者は、奇跡的に残ったわずかな漁船で瓦礫の処理を行い、カキ養殖に必要なイカダを浮かべるために協力して作業にあたったそうです。
また、国や自治体の支援を受け、海底に堆積したコンクリートブロックなどは、沈没船の引き揚げを行うサルベージ船などで引き上げました。

ある漁業者は当時を振り返り、「よく養殖事業が続けられたと思う」と話していました。

カキ養殖を行うイカダ

震災前の山田湾は、養殖に適した地形であるがゆえに「密植状態」にありました。そのためエサ不足、酸素不足に陥ることもあったといいます。

そこで震災後は、旧JFの地区ごとで話し合いを行い、密植状態を解消することにしました。このことでカキやホタテに十分な栄養がいきわたることになり、震災前よりも貝本来の味が強く出るようになったそうです。

カキの養殖プロセス

山田湾は、昭和初期に岩手県で初めてカキ養殖が行われたり、殻付きカキが初めて出荷されたりするなど、カキ養殖の先進的な地域として知られてきました。

それではカキ養殖のプロセスを簡単にまとめてみましょう。

まず、漁業者はホタテの殻に卵が付着したカキの種苗を購入します。ホタテの殻にカキの種が着いたものを「株田」といいます。

株田の状態でカキを成長させると、複数のカキが塊となり、殻の形状も細長くなります。ただ、殻の理想形は円形に近い形であるため、漁業者は種から2年ほど成長すると、塊となった複数のカキを1つひとつ分離し、ロープに吊るす「耳吊り」という状態で再び成長させます。

イカダから引き上げた耳吊り状態のカキ

カキが順調に成長すると、毎年11月下旬ごろに温湯駆除を実施します。
温湯駆除とは60度ほどの湯にロープごとカキを浸けることです。温湯駆除を行う目的は、カキの付着物を取り除き、プランクトンを奪い合う競争相手をなくすことです。

このことによってカキは、十分にプランクトンを食べることができます。
また温湯駆除を行うことでカキ殻の成長が止まる一方、身だけが成長するため、「殻いっぱいに身が詰まった」状態になります。さらに出荷時には、作業効率が格段に楽になるというメリットもあります。

そのため、温湯駆除をしたカキと温湯駆除をしなかったカキでは、取引価格が異なります。
ただ、温湯駆除を実施するためには、船に釜を搭載したり、人手や体力が必要となったりすることから、後継者のいない高齢の漁業者には難しいといわれています。

温湯駆除の実施

カキの養殖期間は2~3年であり、2年物(並)は150~200g、3年物(大)は200~250gほどの重さとなります。水揚げは、カキを吊っているロープを引き上げ、シェルクリーナーと呼ばれる高圧洗浄機で付着物を取り除きます。そして、殺菌海水に48時間浸けてから漁協に出荷します。

出荷は発泡スチロール容器にカキを入れますが、その際、生産者を識別する番号が記されたカードも同封され、漁業者一人ひとりが品質維持に責任を持つことになります。

温湯駆除後の養殖カキ

「故郷である山田湾の復興に貢献したい」という思い

山田湾の大沢漁港を訪問した11月下旬、大福丸の前野健幸さんはカキの温湯駆除に取り組んでいました。東日本大震災前、前野さんは東京で建築会社を経営していましたが、「故郷である山田湾の復興に貢献したい」との思いから震災後に漁業者になることを決断しました。

当時の大沢地区は、イカダの設置場所が空いていない状況でしたが、山田湾地区の漁業者から手を差し伸べてもらったことで復興に貢献するという夢が実現しました。

漁業は人生で初めての経験であり、試行錯誤の連続だったそうです。
それでもひた向きに仕事を行ってきたことと、ウェブサイトを立ち上げ、山田湾のカキやホタテを積極的にPRするなど、常に挑戦し続ける姿勢が多くの人々に認められ、いつしか「前野君の苦労は誰にもわからない」とねぎらいの言葉をかけられたり、さまざまな支援をしてくれるようになったりしました。

JF三陸やまだ指導課課長補佐の濱登俊行さん(左)と大福丸の前野健幸さん(右)

温湯駆除は、カキが付いた10mほどのロープをクレーンで持ち上げ、釜に浸けるという作業が行われます。この時のロープの重さは100~200㎏ほどであり、大変な重労働です。訪問時の天候は快晴でしたが、天候が悪化すると作業の難易度が高くなるため、危険と隣り合わせです。

カキには、ムール貝やアカザラ貝なども付着することがあり、これらは販売することができます。一方、最近、付着することがあるヨーロッパザラボヤというホヤの一種は成長が早く、カキの成長に必要な酸素や栄養分をも奪うため、カキの成長が妨げられます。そのため、温湯駆除は欠かせない作業の1つになっています。

作業終了後、2週間ほどイカダで吊るしておくと、ヨーロッパザラボヤなどの付着物がキレイに取り除かれます。カキの養殖期間は2年から3年ですが、3年物のカキの場合は2回ほど温湯駆除を行います。

「山田湾のカキは肥満体」「山田湾のカキはプリっとしている」と一目置かれる理由の一つは、前野さんのように多くの漁業者が手間を惜しまず、実直に作業をこなしているからであることが分かります。

カキを剥く作業(写真提供:JF三陸やまだ)

JF三陸やまだのカキは、東日本大震災によって壊滅的な打撃を被りましたが、さまざまな人々の支援や努力によって復活を果たしました。

また、震災以降は密植を避けるなどのルールを決めたことや温湯駆除を実施することで、以前よりも貝本来のおいしさが引き出されるようになったそうです。

しかし、その一方で近年、海水温の高い状況が続いており、地域の漁業者は将来的にカキの生育に影響があるのではないかと懸念しています。海洋異変に対する漁業への影響は全国的にも喫緊の課題となっており、建設的な対策が求められます。

  • 古江晋也(ふるえ しんや)

    株式会社農林中金総合研究所調査第二部主任研究員。   専門は地域金融機関の経営戦略の研究ですが、国産食材を生産し続ける人々と、その人々を懸命に支え続ける組織の取材も行っています。 四季折々の「旬のもの」「地のもの」を頂くということは、私たちの健康を維持するだけでなく、地域経済や伝統文化を守り続けることでもあります。   現在、輸入食材はかつてないほど増加していますが、地球温暖化や自然災害が世界的な脅威となる中、農水産物の輸入がある日突然、途絶える可能性も否定できません。 豊かな日本の国土や自然を今一度見つめ直し、今一度、農水産物の生産者や生産を支える組織の人々の声に耳を傾けたいと思います。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ 著書:『地域金融機関のCSR戦略』(2011年、新評論)

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