大阪の食文化に欠かせない「泉だこ」―産卵時期や場所に配慮した漁業を行うJF小島―

半夏生の時期に最盛期を迎える大阪のタコ漁

大阪湾では初夏の6月から8月になるとタコ漁が盛んになります。特に関西地方では、夏至から11日目の半夏生(はんげしょう)の時期にタコを食べる風習があることから7月初旬は漁が最盛期を迎えます。半夏生にタコを食べる風習は、「タコの足のように稲がしっかりと根を張るように」との思いが込められているそうです。
大阪湾で水揚げされたマダコは大阪府漁業協同組合連合会(JF大阪漁連)が加工し、「泉だこ」というブランド名で販売しています。ここでは大阪府最南端の泉南郡岬町に本所がある小島漁業協同組合(JF小島)のタコ漁を中心に紹介します。

大阪湾で水揚げされたマダコ

山立てができると一人前の漁師

大阪湾ではタコ漁が広く行われていますが、そのなかでも岬町の漁場はとくに盛んです。その理由の一つは、他の漁場の水深が20mほどであるのに対し、岬町の漁場の水深は70mと深く、独特の地形をしているからです。
漁法は底引き網、タコつぼ漁などがありますが、JF小島ではカゴ漁が主流です。JF小島組合長の山原學さんによると、タコつぼはカゴに比べて重く、引き揚げる時に腰に負担がかかることなどからカゴ漁を採用しているそうです。

カゴ漁で使用するカゴ

カゴ漁の仕掛けは1㎞ほどのロープに45個のカゴを取り付けます。カゴとカゴの間隔は20mほどであり、ロープの左右の両端に重りを取り付けます。仕掛けは「潮通り」に沿って投入します。その理由は潮通りと異なる方向にカゴを入れると、仕掛けがうまく機能しなくなるからだそうです。カゴを投入してから夏場は1週間、冬場は2週間ほどで引き揚げます。仕掛けには浮きを取り付けますが、浮きと仕掛けをつなぐロープは、大型船などが航行する時に切られることが少なくありません。そこで「どこの場所に仕掛けを投入したか」ということを周辺の山の形で覚える「山立て」を必ず行います。
山原組合長は「山立てができると一人前の漁師」と言います。

カゴから引き揚げたマダコ

カゴで引き上げられたマダコが「泉だこ」になるまで

カゴを引き揚げる作業は、まずウインチでロープを引き揚げ、ロープに取り付けられたカゴを次々と引き揚げていきます。引き揚げたカゴからタコを取り出し、一匹ずつ丁寧にネットに入れた後、船の魚槽に保管します。タコをネットに入れる理由は、タコ同士がかみ合うことを防ぐことと、魚槽にタコが引っ付くと、タモでは容易に取ることができなくなるからです。

ネットに入れ、船の魚槽に保管する

カゴを引き揚げる際には、カゴの網が破れているかどうかを細かくチェックします。それは小さな破れからタコが逃げるためです。カゴが破れていないことを確認すると、エサを入れて再び投入します。カゴ漁では、タコ以外にもタイ、メバル、カサゴ、オニオコゼ、コブダイなどが獲れます。かつてはカサゴが獲れることは少なかったそうですが、10年ほど前からJF小島が放流に力を入れてきたこともあり、最近ではよく獲れるようになりました。

カゴ漁で漁獲されたコブダイ

その後、タコはJF小島の水槽に移されます。泉だこの加工・販売を担うJF大阪漁連は、タコを集荷すると、サイズ別に選別し、10㎏ごとにまとめて冷凍します。そしてスーパーや百貨店などから注文があると、業務委託を行っている加工業者が冷凍施設で保管していたタコを解凍し、内臓を取り除く腑抜き作業を行った後、ボイル加工を行い、泉だことして出荷します。「生のタコをボイルした後、冷凍する」よりも、「冷凍をして、解凍した後、ボイルする」ほうが、タコの繊維が壊れ、より柔らかい食感となります。

水揚げされたマダコ

資源管理に力を入れる泉だこ

大阪湾は潮の流れが比較的緩やかであることから「泉だこは食感が柔らかい」と言われ、刺身、酢の物、天ぷらなどさまざまな料理で食べられます。JF大阪漁連や大阪府の各JFは泉だこをいつまでも食べ続けることができるように資源管理に特に力を入れています。具体的には、JF大阪漁連では300g以下のマダコは集荷せず、再放流を促しています。
同じようにJF小島も300g以下のマダコは再放流することとし、9月から12月半ばまでは禁漁としています(12月半ばから4月までは寒だこ漁を行います)。

大阪湾のマダコ

またJF小島では柘植(つげ)の木を海中に入れ、タコの産卵を促しています。このような「産卵を大事にする」という考えは、マダコだけでなく他の魚介類でも徹底しており、例えば、他の魚が卵を産み付けるホンダワラなどの海藻類も大切にしています。山原組合長は機会があるたびに多くの人々に産卵場所を確保することの重要性を訴えており、「生き物の生態をもっとよく把握してほしい。そうしないと将来大変なことになる。地先を大事にしないといけない」と話します。

左からJF小島の山原學組合長、山原秀哉理事、末原徹二理事

大阪湾のマダコと泉だこは大阪の食文化に欠かせない食材であり、次世代にも伝えていかなければなりません。そのため大阪の漁業者、JF大阪漁連は産卵時期の禁漁と産卵場所の確保をとても重視するなど、さまざまな努力を積み重ねることで資源管理に力を入れています。

  • 古江晋也(ふるえ しんや)

    株式会社農林中金総合研究所調査第二部主任研究員。   専門は地域金融機関の経営戦略の研究ですが、国産食材を生産し続ける人々と、その人々を懸命に支え続ける組織の取材も行っています。 四季折々の「旬のもの」「地のもの」を頂くということは、私たちの健康を維持するだけでなく、地域経済や伝統文化を守り続けることでもあります。   現在、輸入食材はかつてないほど増加していますが、地球温暖化や自然災害が世界的な脅威となる中、農水産物の輸入がある日突然、途絶える可能性も否定できません。 豊かな日本の国土や自然を今一度見つめ直し、今一度、農水産物の生産者や生産を支える組織の人々の声に耳を傾けたいと思います。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ 著書:『地域金融機関のCSR戦略』(2011年、新評論)

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