キンメダイを次世代に ―挑戦し続けるJF銚子市外川支所―

漁業者が守る北限のキンメダイの漁場

千葉県銚子を代表する食材である「銚子つりきんめ」は、脂ののりがよく、刺身、握りに向いていると料理人から高い支持を受けています。

しかし、1990年代は全くの無名でした。「銚子つりきんめ」の評価を高めたのは、「漁業を変えたい」と願う若い漁業者の強い意思と団結力でした。

 

漁業者がつくりあげたブランド「銚子つりきんめ」

銚子沖合は、キンメダイ漁場の北限であり、他の漁場と比べ、冷たい海流が黒潮と混じり、餌が豊富なため脂がのり、身が引き締まったキンメダイが育ちます。しかし、1990年代に県外からの大型トロール船が大量にキンメダイを漁獲していたことに危機感を持ったJF銚子市外川(とかわ)支所の漁業者は、自分達の漁場を守るため大型漁船の経営者達と話し合いを行い、操業水域について合意しました。

その後、キンメダイの資源量維持の重要性を強く意識した若手漁業者達は、①漁獲圧を下げること、②その分、キンメダイの価格を上げる方法を検討しました。

まず、若手漁業者達は休漁日を設けることを思いつき、親世代の人達に、「自分達はキンメダイ漁の未来について研究したいので、第3日曜日を休漁にしたい」と申し出ました。これを受け、キンメダイ・アカムツ部会(以下、部会)が1994年に設立されました。

定期的な休みは漁業者の生活に潤いをもたらすだけでなく、魚価も安定させました。その理由は、漁業者が出荷している銚子漁港第3卸売市場(以下、市場)の休業日に合わせて操業を調整することができるようになったからです。

それまでは、市場が休みでも漁に出て、漁獲した魚は倉庫で保管し、翌日に出荷していたため、魚価を下げていました。一度、魚価が下がるといくら鮮度のいいキンメダイを出荷しても魚価は上げ渋ったので、親世代の漁業者達も若手漁業者達の提案した「市場に合わせた操業」に賛同するようになりました。

漁業者が制定した操業規約

部会は、キンメダイの資源を守るために操業方法も見直しました。「キンメダイを釣るときに使う立縄の針数を60本に制限する」、「好漁場である台形場に3か月にわたる禁漁期を設ける」、「22cm以下のキンメダイを再放流する」といった改善案を提言し、1997年の操業規約作成の原動力となりました。

さらに、キンメダイ漁船(2022年現在、37隻)を5班に分け、漁場利用に優先順位をつけました。例えば、ある日は1班の漁船が最もよい位置で操業を行うことができ、次に2班の漁船がその周りで操業というように定め、順繰りに好位置で操業できるようにしました。

外川漁港に帰港するキンメダイ漁船

操業開始は日の出から30分後という決まりがありましたが、それまでは、先に着いた漁船が好きな場所で操業していたので、漁業者は漁場に急いで向かっていました。しかし、この優先順位を導入したところ、漁業者は外川漁港から3時間程度かけ、ゆっくりと漁場に向かうことができ、燃料使用量や漁船のエンジンの消耗度合いが緩やかになり、衝突事故などの危険性も低下しました。漁船間の間隔も秩序を持ったものとなり、若い漁業者も安心して操業できます。

時とともに操業規約も変更が加えられています。現在は、潮の流れが3.5マイルより速いときも操業を中止します。それは、潮が早いときはキンメダイが餌に食いついても、幹糸という針のついた部分の糸が切れてしまうので釣り上げることが難しいからです。

2000年から再放流サイズは22cmから25cmとなりました。また、禁漁期が設定されていた台形場は、小型のキンメダイが多いため、2017年から海洋保護区として小型のキンメダイを漁獲しないようにしました。また、大型魚のいる漁場でも産卵期にあたる7~9月期を禁漁にしています。

団結力で認知度を高めた「銚子つりきんめ」

部会は、キンメダイの品質向上や認知度の向上にも取り組みました。

部会が設立された翌年の1995年に外川支所で「きんめだいまつり」を開催しました。女性部もキンメダイの料理をふるまい、祭りを盛り上げました。「きんめだいまつり」は評判となり、地元だけでなく外部の人々が訪れる一大行事となりました。

情報発信当初は、全くの無名でしたが、部会や女性部の人々が協力して各地に出向き、広報活動を続けました。ある時、ホテルの料理人が部会会員の持参したキンメダイで握りを作ってくれ、「ここのキンメダイは非常にいい」と太鼓判を押してくれました。

もちろん、漁業者は品質管理も熱心に取り組みました。例えば、きれいな赤に発色するように釣り上げたキンメダイはすぐにクーラーボックスや樽にいれた氷水につけます。出荷の際に魚体が傷つかないように氷水の中のキンメダイの上に麻袋を置き、その上から蓋を閉めます。船から水揚げする際は、船に軽トラックを接近させ、船のクレーンを使って短時間で荷を積み込みます。そして、その上に断熱シートをかけて市場へと運びます。

このような方法で、漁業者は鮮度もよく、きれいな赤い色をした大きなキンメダイを市場に出荷するのです。

クレーンを利用して素早く荷積み
鮮度を維持するために積荷を覆う断熱シート

共同で入札の準備

出荷した後も漁業者の仕事は続きます。

キンメダイの入札が行われる市場では、家族ぐるみで入札の準備をします。まず、男性漁業者がキンメダイを選別機に乗せ、7階級の重量別に分けた後、同じ階級のキンメダイをトロ箱に入れます。そして女性漁業者がトロ箱の計量が行われる場所まで運びます。

5つの漁船分のトロ箱が並べられたら入札が始まります。自分の番が終わっても、漁業者は帰宅しません。他の漁業者の入札準備も手伝うのです。

このような日常的な入札準備だけでなく、市場が休みのときは、漁業者が自発的に300個近くあるトロ箱を自主的に洗浄します。漁業者の衛生面での気遣い、そして、キンメダイの価値を守るための心意気なのです。

以上のような漁業者の努力により、「銚子つりきんめ」は2013年に地域団体商標として登録されました。

キンメダイを選別機へ
一匹ずつ計量され、選別
トロ箱を運ぶ女性漁業者

先輩たちが守った海を受け継ぐ

キンメダイ漁業の改革を先導してきた当時の若手は現在、「外川支所漁業者協議会」を担っています。このような先輩たちの姿について、外川支所の青年部は、「先輩達が漁場を守ってくれたから今の自分達がある」と尊敬と感謝の念を表します。若手漁業者は、キンメダイ部会の会長である金野一男氏(部会は2021年にキンメダイ部会へ組織再編)から「青年部のみんなは自信を持って活動しなさい」といつも声をかけてもらえると言います。

漁業者のとる魚と漁業者の活動を多くの人々に伝えるべく、若手漁業者は外川支所「銚子つりきんめ」サイトのデザインを担当し、また、SNSを通じて、情報発信も積極的に行っています。

▶銚子つりきんめサイトはこちら

2021年には、キンメダイ漁のVRを作成し、視聴者があたかも乗船しているかのようにキンメダイ漁を体験できるようにしました。このVRも「きんめだいまつり」に登場し、祭りを盛り上げました。また、若手漁業者は、外川支所の今後の漁業や後継者対策について理事会に提言すべく、検討を行っています。
 
自分達の漁場を守るという若手漁業者の強い意思、そして改革の熱意が「銚子つりきんめ」の評価を高めました。この改革に伴い、「若者による新しい取り組み」は外川支所の組織文化となりました。この結果、外川支所では、組合員が共同で「毎日、新しいことに挑戦している。歩みを止めない」(金野氏談)という不断の挑戦が続いているのです。

新しい取り組みに挑戦する青年部
  • 田口 さつき(たぐち さつき)

    農林中金総合研究所主任研究員。専門分野は農林水産業・食料・環境。   日本全国の浜を訪れるたびに、魚種の多さや漁法の多様さに驚きます。漁村には、お料理、お祭り、昔話など、沢山の文化があります。日本のなかには一つも同じ漁村はなく、魅力にあふれています。また、漁業者は、日々、天体、潮、海の生き物を見ているので、とても深い自然観を持っています。漁業者とお話をしていると、いつも新たな発見があります。   Sakanadiaでは、そんな漁業者の「丁寧な仕事をすることで、鮮度の高い魚介類を消費者の食卓に届けよう」という努力や思いをお伝えできればと、思っています。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ

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