琵琶湖の特産品「セタシジミ」の復活を願って ~JF瀬田町による外来種水草駆除の取り組み~

瀬田川で漁獲された「セタシジミ」

琵琶湖の特産品「セタシジミ」の現状

琵琶湖と淀川をつなぐ瀬田川では1950年代から60年代にかけて「セタシジミ」がたくさん獲れました。セタシジミは琵琶湖水系にのみ生息する固有種であり、琵琶湖の特産品です。

漁業者によると「瀬田川に足を入れると、セタシジミがいつも足に触れた」そうです。また当時は多くの女性がシジミの入った風呂敷包みを背負い、京都・大阪方面でシジミの行商を行っていました。

セタシジミは他のシジミよりも「うま味が強い」といわれ、また、肝臓の妙薬として二日酔いや疲れた時は特に好んで食べられました。

しかし、琵琶湖大橋(1964年)や近江大橋(1974年)が開通し、70年代前半から大琵琶湖総合開発が始まるようになると、シジミの漁獲量は減少の一途をたどるようになりました。また、近年では、繁殖力の強い外来種の水草が繁茂するようになり、これらの水草が根から切れ湖底で腐敗し、ヘドロ化すると、シジミを含むさまざまな生物が生育できなくなくなるという懸念も高まっています。

こうした逆境の中、瀬田町漁業協同組合(以下、JF瀬田町)をはじめとする多くの人々が力を合わせ、外来種水草駆除活動を行っています。

伝統漁法で漁獲するセタシジミ漁

滋賀県大津市瀬田地区に本所があるJF瀬田町の組合員は、伝統漁法である手掻きでセタシジミを漁獲しています。手掻きとは、7~8mの竹竿の先に網を取り付けた漁具であり、船縁を支点としたテコの原理によって船上から湖底を掻き、貝類を漁獲する漁法です。

手掻きに使用する漁具

出港は早朝5時であり、1~2時間ほど操業します。90年代後半は1回の漁で5㎏ほどが漁獲できたそうですが、現在は2㎏も獲れません。また一回すくっても2つ、3つのシジミしか獲れないことが多い状況です。

漁獲したシジミはふるいにかけ、殻長が2㎝以下のシジミは再放流します。セタシジミを漁獲すると、漁業者は「ゴロ選り」と言ってシジミ同士を当て、反響音に耳を澄まします。この時、生きているシジミは「カチカチ」という音がしますが、死んでいるシジミは「カラカラ」という音がします。そのためカラカラと音がしたシジミは取り除きます。

セタシジミの不漁に加え、燃油価格が高騰していることから出漁する組合員は減少しています。ただ伝統漁法を守り続けることと、手掻きが「湖底耕耘」の役割があることから可能な限り漁に出る組合員もいます。

漁獲したセタシジミはJF瀬田町本所で販売します。地元の料亭やなじみの個人が購入しますが、常に店頭にあるとは限りません。そこで事前に予約を受け、販売できる量が漁獲できた時に連絡するとともに、本所には「本日シジミあります」という看板を掲げます。

一方、伝統漁法を多くの人々に知ってもらうための取り組みとしては、手掻き漁法体験を実施しています。また、組合にはかつて使用していたさまざまな漁具を展示保管しており、小学生などに漁具などを説明することで琵琶湖の漁業への理解を深めています。

セタシジミが減少した理由は?

滋賀県大津市瀬田地区は、琵琶湖水系の中でもシジミがよく獲れる地域でした。JF瀬田町組合長の𠮷田守氏によると、1960年代頃まではセタシジミという名称はなく、「琵琶湖・瀬田川で獲れるシジミ」だったそうです。

JF瀬田町組合長の𠮷田守氏

当時の子どもたちは学校から帰るとバケツを持ってシジミを獲り、シジミ御飯、ヌタ、みそ汁、すまし汁などにして食べていました。1950年代後半には滋賀県で年間5,000トンほど漁獲されたセタシジミですが、2019年には41トンにまで減少するようになりました。

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この理由について𠮷田氏は、①セタシジミのエサとなる植物性プランクトンの減少、②瀬田川の流れ、➂琵琶湖総合開発による瀬田川の浚渫(しゅんせつ)※1などの要因を指摘します。

※1 浚渫(しゅんせつ):川底の土砂やヘドロを取り除くこと

具体的には、セタシジミは植物性プランクトンのケイソウを食べて成長しますが、そのケイソウは、他の種類の藻類(そうるい)が増加すると減少する傾向にあります。他の種類の藻類は、瀬田川に澱みがみられるようになると増加するため、瀬田川洗堰(あらいぜき)※2の水門の操作に大きな影響を受けます。つまり、瀬田川の流れの状況がエサとなるケイソウの増減を左右します。

※2 瀬田川洗堰(あらいぜき):大雨で琵琶湖の水の量が多いときにはたくさんの水を流し、雨が少なく水の量が少なくなると無駄な水を流さない。琵琶湖の水の出口である瀬田川の流量をコントロールし、琵琶湖の水位と下流の水の量を調節している

瀬田川洗堰

また、夏場に瀬田川の流水量が低下すると、セタシジミが生息するには厳しい水温となります。そこでセタシジミは水温が上昇すると砂に潜ることで環境の変化に適応してきました。しかし、琵琶湖総合開発の一環として瀬田川の浚渫が行われ、良質の砂が減少すると、セタシジミは逃げ場を失うようになりました。

さらにセタシジミの繁殖時期である5月~7月に瀬田川洗堰が全開放流すると、稚貝などが大量に流されることになります。

これら以外にも、2000年代半ばから瀬田川や琵琶湖でオオバナミズキンバイ、ツルノゲイトウ、ミズヒマワリといった外来種の水草が大繁殖しています。外来種の水草は船の航行の妨げになるほど成長するほか、湖底や川底でヘドロ化し、無酸素状態を引き起こす原因になります。このことはセタシジミをはじめとした生物の生息地域を奪うことにもなります。

そこでJF瀬田町、湖南漁業協同組合(JF湖南)、勢多川漁業協同組合(JF勢多川)の組合員を中心に地域の人々も加わり、外来種水草駆除活動の「瀬田川流域クリーン作戦」を行っています。

外来種水草駆除などの「瀬田川流域クリーン作戦」を実施

上述したような外来種の水草が琵琶湖に持ち込まれた理由は、飼育できなくなった魚を水草と一緒に廃棄したためと言われています。この水草が琵琶湖に広がり、地区によっては船の航行に支障が生じるまでになりました。

そこで10年前からJF瀬田町、JF湖南、JF勢多川の組合員、滋賀県職員、市議会議員・職員、地元の自治体、神社関係者など、多くの人々が力を合わせて駆除に取り組んでいます。

左からJF瀬田町の礒田清一氏、今井浩之氏、JF勢多川組合長の宇野昇氏、JF湖南組合長の小島敏明氏

筆者が訪問した10月下旬は、約60人が参加しました。3~4人が1つのグループとなり、近江大橋から瀬田川洗堰の10数か所の地点で刈り取りを行いました。

オオバナミズキンバイの刈り取り

刈り取った水草は船上に広げられたネットの上に置きます。作業は1時間半ほど行われ、水草で船上がいっぱいになるとクレーン車が待機している場所まで運びます。

クレーン車で陸揚げされた水草は3~4日ほど乾燥し、焼却されます。焼却処分を実施する理由は、オオバナミズキンバイなどは陸上でも繁殖することができ、そのまま埋めたりすることができないからです。

クレーン車で陸揚げされる外来種水草や植物

当日は8トンほどの水草が刈り取られました。作業はかなりの重労働ですが、参加者の多くは口々に「かつての琵琶湖を取り戻したい」「セタシジミがもう一度、復活してほしい」と話していたのが印象的でした。

瀬田川流域クリーン作戦に参加した皆さん

現在の琵琶湖は、高度経済成長期と比較して水質がきれいになり、利便性も向上しました。休日になると湖岸には多くの人々がレジャーで訪れるようになり、笑い声が溢れています。

しかしその一方で、琵琶湖の大規模開発、外来種生物の増加、レジャーによって生じたゴミの不法投棄などは、琵琶湖の生態系に大きな影響を与えています。

次世代に地元の食文化を引き継ぐことができるかどうかは、琵琶湖を利用する多くの人々の責任ある行動にかかっているといっても過言ではありません。そして琵琶湖の資源回復、環境保全を願って、多くの人々が日々汗を流していることを忘れてはなりません。

  • 古江晋也(ふるえ しんや)

    株式会社農林中金総合研究所調査第二部主任研究員。   専門は地域金融機関の経営戦略の研究ですが、国産食材を生産し続ける人々と、その人々を懸命に支え続ける組織の取材も行っています。 四季折々の「旬のもの」「地のもの」を頂くということは、私たちの健康を維持するだけでなく、地域経済や伝統文化を守り続けることでもあります。   現在、輸入食材はかつてないほど増加していますが、地球温暖化や自然災害が世界的な脅威となる中、農水産物の輸入がある日突然、途絶える可能性も否定できません。 豊かな日本の国土や自然を今一度見つめ直し、今一度、農水産物の生産者や生産を支える組織の人々の声に耳を傾けたいと思います。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ 著書:『地域金融機関のCSR戦略』(2011年、新評論)

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