水産業の新戦略 大都会大阪の伝統漁業、淀川「魚庭(なにわ)の鼈甲しじみ」 2021.1.20 古江晋也(ふるえ しんや) 印刷する 大阪市此花区に本所を置く大阪市漁業協同組合(以下、JF大阪市)は、淀川産のシジミ(ヤマトシジミ)を「魚庭(なにわ)の鼈甲(べっこう)しじみ」のブランド名で販売しています。 海水と淡水が混じり合う淀川の汽水域で漁獲されることから濃厚な出汁が出るとともに、砂地に生息しているため、殻がきれいな鼈甲色をしているのが特徴です。 魚庭のべっこうしじみ都会のシジミ、減少からの復活淀川汽水域では高度成長期以前から、シジミ、アサリ、ウナギ、ハゼなどの漁が行われていました。 高度成長期を迎えるとコンクリート護岸の整備、工場や家庭からの排水流入による水質悪化などさまざまな要因によってシジミをはじめとした多くの魚介類の漁獲量が激減しました。 ビルが林立する大都会、淀川汽水域しかしその後は、排水規制が強化されたことや、JF大阪市がヘドロの分解に効果的とされる微生物の散布などを行ったことで、水質が以前とは見違えるほど改善しました。 またこのほか、JF大阪市ではシジミの放流を行いました。 その結果、2000年頃になると、淀川産のシジミの漁獲量が増加し始め、JF大阪市は大阪府漁業協同組合連合会とともにブランド化に力を入れるようになりました。 ブランド化のためにまず行ったことは、シジミのサイズなどの規格を揃えること。 漁師たちが採捕したシジミをJF大阪市に一元的に集荷し、選別機で4種類の大きさに分類することにしました。 シジミの中には、殻の中に身がなく、泥の詰まった「泥噛み」もあるので、その泥噛みのシジミも取り除きました。 こうして淀川ブランド、「魚庭の鼈甲しじみ」が誕生しました。 右から組合長・北村英一郎さん、総務次長・畑中啓吾さん“きたない川”のイメージを変える!安心・安全の「淀川産」を証明シジミの復活と品質向上を実現し「魚庭の鼈甲しじみ」を打ち出したものの、大阪府民の中には、かつての水質が悪化した淀川のイメージを払しょくできない人もいました。 そこで、JF大阪市は淀川の水質に関するさまざまな検査を5年間続け、淀川で獲れるシジミが「安全、安心」であることを科学的に証明し、積極的に情報発信しました。 その成果もあり、2005年頃になると、「魚庭の鼈甲シジミ」が新聞や雑誌にも取り上げられるようになりました。大阪の淀川でシジミが漁獲できるという物珍しさも人々の目を惹きました。 今度は「きれいになりすぎ?!」、再びシジミ減少の危機しかし、この頃から新たな問題が表面化しました。水質は良くなったのに、なかなかシジミが増えないのです。 その原因の一つとして考えられたのが、「淀川がきれいになりすぎ」。 植物プランクトンの生育に不可欠な窒素、リン酸、カリウムといった栄養塩が減少したことです。 加えて、頻発する豪雨によって汽水域の塩分が短時間で急速に低下したり、稚貝などが海に押し流されたりして、シジミの生息が難しくなったことなどもシジミ減少の原因として考えられています。 「きれいな淀川」から「豊かな淀川」へ。JF大阪市の取り組みJF大阪市が開催した「第3回淀川河口域を考える会」高度成長期と比較すると、淀川は「きれいな川」になりましたが、豊かな生態系が確立されたわけではありません。 そこでJF大阪市では多くの個人や団体と連携し、「豊かな淀川」を復活させる勉強会をスタートさせました。 具体的には2018年から京都府で活動する「京の川の恵みを活かす会」と連携することで淀川流域における環境情報の共有を進めました。 2019年1月からは「淀川河口域を考える会」を開催。 2020年11月に開催された第3回「淀川河口域を考える会」では、自治体、企業、大学、研究所などに所属する人々が、淀川のシジミの資源再生、淀川河口域の生態系調査、淀川河口域のアユの調査、大阪湾の再生の取り組みなどをテーマに発表し、活発な議論が行われました。 さらにJF大阪市が費用を負担し、シジミの生育環境によいとされる干潟の科学的調査も実施しています。 根強い人気を支える「伝統漁法」と「品質UP技術」シジミ漁を50年ほど続けている松浦萬治さん「魚庭の鼈甲しじみ」は根強い人気があり、北新地の割烹や料亭からも注文があります。 JF大阪市では注文があると、シジミに砂吐きをさせ、冷凍して直接販売しています。 「魚庭の鼈甲しじみ」のブランド力維持のため、出荷時まで品質にこだわっているのです。 シジミ漁の様子漁業者の松浦萬治(まつうらまんじ)さんは淀川で約50年シジミ漁を行ってきました。 漁では江戸時代から使われているという「鋤簾(じょれん)」という道具を使います。 川底1~5㎝の深さに鋤簾を入れ、1mぐらい後ろに歩きます。 その後、鋤簾のかごに入った砂を水中でゆすることで、砂とシジミを分けます。 鋤簾の網は目を粗くしているため、小さなシジミはリリースすることになります。 江戸時代から形が変わらない漁具「鋤簾(じょれん)」スーパーで販売されている一般的なシジミは殻の大きさが1㎝程度のものが多いですが、淀川産のシジミの中には2㎝を超える大きなものもあります。 これほどの大きさになると焼きシジミがおいしいそうです。 ビルが林立する淀川汽水域は、シジミ以外にも、ウナギ、ハゼ、アユ、ボラなども生息しています。 大都市大阪にも豊かな海・川を守る人たちがいて、豊富な魚介類があるのです。 ▶大阪市漁業協同組合ホームページ 漁協(JF)漁師近畿古江晋也(ふるえ しんや)株式会社農林中金総合研究所調査第二部主任研究員。 専門は地域金融機関の経営戦略の研究ですが、国産食材を生産し続ける人々と、その人々を懸命に支え続ける組織の取材も行っています。 四季折々の「旬のもの」「地のもの」を頂くということは、私たちの健康を維持するだけでなく、地域経済や伝統文化を守り続けることでもあります。 現在、輸入食材はかつてないほど増加していますが、地球温暖化や自然災害が世界的な脅威となる中、農水産物の輸入がある日突然、途絶える可能性も否定できません。 豊かな日本の国土や自然を今一度見つめ直し、今一度、農水産物の生産者や生産を支える組織の人々の声に耳を傾けたいと思います。 ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ 著書:『地域金融機関のCSR戦略』(2011年、新評論)このライターの記事をもっと読む
大阪の食文化に欠かせない「泉だこ」―産卵時期や場所に配慮した漁業を行うJF小島―大阪湾では初夏の6月から8月になるとタコ漁が盛んになります。特に関西地方では、夏至から11日目の半夏生(はんげしょう)の時期にタコを食べる風習があることから7月初旬は漁が最盛期を迎えます。半夏生にタコ2022.10.6水産業の新戦略古江晋也(ふるえ しんや)
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