「チリメンモンスター」で海の豊かさを伝える―大阪湾のシラスを活用―

チリメンジャコの中に隠れている「チリメンモンスター」

イワシシラスとチリメンモンスター

スーパーなどで販売されている「チリメンジャコ」(イワシシラス)には、小さなエビ、タコ、イカなどの混獲生物を見かけることがあります。

最近は、アレルギー対応の一環として加工業者が混獲生物を丁寧に取り除いていることから、以前ほど見かけることは少なくなりました。しかし、中高年の世代であれば、幼少期にチリメンジャコの中からさまざまな生物を「発見」することが楽しかった記憶のある人も多いと思います。

このような混獲生物を「チリメンモンスター」(チリモン)と名付けるとともに、チリモンの分類、同定を行うことで、海の豊かさや生物の多様性を理解してもらう科学プログラムを開発したのが、大阪府岸和田市にある「きしわだ自然資料館」(以下、自然資料館)の職員、自然資料館の応援団体である「きしわだ自然友の会」(以下、友の会)のメンバー、チリモンプログラムを通じて連携した多く団体や人々です。

きしわだ自然資料館の展示

サイエンスフェスタのイベントから始まったチリモン

チリモンプログラムは、自然資料館職員と友の会のメンバーが2004年の夏休みに行う科学イベント「青少年のための科学の祭典大阪大会」(サイエンスフェスタ)の企画から誕生しました。

自然資料館職員と友の会メンバーは当時、生物関係の企画を考えていましたが、申し込みの締切り日が近づくなか、なかなかアイデアが浮かばなかったそうです。
そんななか、メンバーの1人がたまたま「昔のチリメンジャコにはたくさんの生き物がいて楽しかった」という話をしたことがきっかけとなり、チリモンプログラムがスタートしました。

ただ、肝心のチリメンジャコの調達はかなり苦労したそうです。
自然資料館で学芸員を務める風間美穂さんは40社ほどの加工業者に連絡しましたが、「チリメンジャコにシラス以外の生き物が混じっていることがわかるとイメージが悪くなる」「チリメンジャコが売れなくなる」と断られたそうです。

そんな中、和歌山県湯浅町の加工業者がチリメンジャコの混獲生物をウェブサイトで紹介しているのを見つけました。風間さんはすぐに連絡を取り、加工業者と連携することで混獲生物を取り除いていないチリメンジャコを手に入れることができました。 

チリモンプログラムの基本は、チリモンをピンセットやルーペを使って見つけ、一匹ずつ丁寧に分類するという地味な作業です。しかし、多くのイベント参加者が、すぐにチリモン探しに熱中し、その姿に驚いたり、喜んだりしたそうです。
また、小学校や中学校の教諭、博物館の学芸員からは「ぜひ私たちも取り組みたい」との声をかけてもらうなど、大きな反響となりました。

ピンセットでチリモンを探す

全国的に知られるようになったチリモン

チリモンプログラムはその後、国土交通省近畿地方整備局が主催する「ほっといたらあかんやん!大阪湾フォーラム」(2005年2月)で事例報告をしたことがきっかけとなり、行政機関、企業や大学などから注目されました。

各団体との連携なども進み、2006年には大阪府環境農林水産部水産課と「ちりめんじゃこのお友達観察会」という企画を府内小学校31校で実施することになりました。

この時に使用したチリメンジャコは岸和田市の漁業者によって提供されたため、チリモンを通して大阪湾の環境や漁業、地産地消を学習することになりました。
観察会に参加した生徒からは、「大阪の海を元気にする取り組みを手伝いたい」「大阪湾にはたくさんの生き物がいることがわかった」といった感想が多く寄せられました。

チリモンプログラムが全国的に知られるようになったのは2008年1月から約1か月間、阪神高速・泉大津サービスエリアで展示を行ったことがきっかけでした。サービスエリアを管理している阪神高速サービスが自然資料館と連携しており、「サービスエリアの展示コーナーで大阪湾に関する展示をしませんか」と声をかけてもらいました。

すると偶然にもこの展示コーナーを見た新聞記者がチリモンに興味を持ち、全国紙で取り上げられました。その後、雑誌やテレビから多くの取材を受けるようになり、「チリモンをしてほしい」という問い合わせも増加しました。

ただチリモンの認知度が高まるようになると、業者が営利目的でチリモンという名称を勝手に使用してイベントを開催したり、商標登録を申請したりする動きもありました。
この動きに対し、友の会は「このままでは学校や博物館などが安心してチリモンプログラムをすることができなくなる」と危機感を抱き、2008年に商標登録を申請しました。

きしわだ自然資料館の学芸員・風間美穂さん(左)とアドバイザーの田中正視さん

「チリメンジャコは、日本の海のすばらしさが凝縮されている」

チリモンプログラムはチリメンジャコのほか、テーブル、イス、チリメンを取り分ける皿、ピンセット、ルーペ、図鑑があるといつでも、どこでも、誰でもできます。コロナ禍では、オンラインによるチリモンプログラムも行われました。

自然資料館は現在、友の会のメンバーと連携し、年100回ほど、地元の幼稚園、小学校や中学校、地域の公民館、教員の研修会などで出前授業を行っています。
また百貨店の鮮魚コーナーや雑貨店など小売企業からの依頼もあるそうです。企業から依頼を受ける理由は、担当者が「かつてチリモンプログラムのイベントに参加し、とても楽しかったから」と話す人も少なくないといいます。

自然資料館アドバイザーで元高校教諭の田中正視氏は幼稚園などで出前授業を行っています。
「カニの赤ちゃん、いるよね」「魚の赤ちゃん、かわいいね」とチリモンの見つけ方を教え、振り付けを交えて説明すると、園児は大喜びするそうです。

田中氏は長年、チリモンの活動に携わってきたことを踏まえ、「チリメンジャコは、日本の海のすばらしさが凝縮されている。身近な海に大切なことがある」と話します。

大阪湾でシラス漁を行っているJF大阪市理事の北村光弘さん(元大阪府漁青連会長、元JF全国漁青連理事)は、自然資料館にチリメンジャコを提供するとともに、大阪市内の小学校から依頼される環境学習の授業でチリモンプログラムを行っています。

JF大阪市理事の北村光弘さん

北村さんは、年に5校ほど社会科や環境学習の一環で「大阪湾の漁業」を児童に解説していました。
そんなある日、自然資料館のパンフレットを見かけたことから、授業にチリモンプログラムを取り入れることにしました。大阪市内の児童にとっては漁業が珍しいこともあり、北村さんの話に真剣に耳を傾けます。
また、チリモンプログラムを実施することで、「大阪湾は生き物の豊かな海だ」ということを実感してもらえるそうです。

北村さんは「次世代の流域住民をつくりたい。子どもたちが大阪湾のすばらしさを理解してもらうことが10年後、20年後の大阪湾の未来を創造することにつながる」とチリモンプログラムの意義を話します。

大阪湾周辺のチリメンジャコには、タチウオ、テンジクダイ、サワラ、カワハギ、アイゴなどがいる

チリモンプログラムを企画した当初は、多くの加工業者から「混獲生物が入っているといわれると、チリメンジャコが売れなくなる」と言われました。

しかし、チリモンプログラムを通じて、全国の多くの人々が海の生物に強い関心を示し、海における生物の多様性に気付くこととなりました。

また多くの漁業者も「大阪湾をはじめとする海には、たくさんの生き物が生息していることを知ってもらえる」と肯定的に捉えています。風間さんは筆者に「チリモンにはさまざまなメッセージを伝える力がある」と話すように、チリモンの存在は多くの人々に「大阪湾の環境」「共存することの大切さ」「食の大切さ」などを実感させます。

現在、河川や海はプラゴミ問題などさまざまな問題を抱えています。
そうした中、今一度、私たちは「チリモンとの共存」という考えをベースに河川や海のあり方を見つめ直すべきかもしれません。

  • 古江晋也(ふるえ しんや)

    株式会社農林中金総合研究所調査第二部主任研究員。   専門は地域金融機関の経営戦略の研究ですが、国産食材を生産し続ける人々と、その人々を懸命に支え続ける組織の取材も行っています。 四季折々の「旬のもの」「地のもの」を頂くということは、私たちの健康を維持するだけでなく、地域経済や伝統文化を守り続けることでもあります。   現在、輸入食材はかつてないほど増加していますが、地球温暖化や自然災害が世界的な脅威となる中、農水産物の輸入がある日突然、途絶える可能性も否定できません。 豊かな日本の国土や自然を今一度見つめ直し、今一度、農水産物の生産者や生産を支える組織の人々の声に耳を傾けたいと思います。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ 著書:『地域金融機関のCSR戦略』(2011年、新評論)

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