かつての“特産”「丹後とり貝」を、育てる漁業で復活

初夏になると、京都府の丹後地方(京都府の北部地域を丹後地方といいます)から「丹後とり貝」が出荷されます。環境変化に弱く、一度は資源が減少したトリガイ。

今回は、漁師や漁協(JF)、研究機関が連携し「丹後とり貝」を復活させた取り組みをご紹介します。

「丹後とり貝」復活に向けて

「海の京都」を代表する「丹後とり貝」(京都府漁業協同組合資料)

日本海に面した京都の天然のトリガイは、一般の天然トリガイに比べて一回り大きく、肉厚です。さらに、大きいだけでなく、柔らかく、味もふかみがあります。その品質の高さから高級料亭等で使われてきました。

しかし、トリガイは水温上昇など環境変化に弱く、1980年代後半からは京都の天然トリガイは減少してしまいました。

そこで、「特産品としてのトリガイを復活させたい!」と関係者が協力してトリガイを「育てる」ことに取り組みました。

しかし、それは非常に難しいことでした。前例がないなか、関係者が40数年の長期にわたり数々の試行錯誤を繰り返した結果、今では京都を代表するブランドとなった「丹後とり貝」。

これまでの歩みをみていきましょう。

研究機関と漁師、試験研究で育成法確立

トリガイの復活を目指し立ち上がったのは、漁師でつくる「とり貝研究会」、京都府漁業協同組合(以下、JF京都)、京都府の試験研究機関(以下、海洋センター)でした。

まずは、海洋センターがトリガイの一生を調べ、トリガイの子供(稚貝)を人工的に生産する研究を進めることから始まり、こちらはみごと成功。

次に、稚貝から出荷できる大きさになるまでの生産技術開発を行うため、舞鶴漁協(現在のJF京都舞鶴支所)の漁師によって立ち上がった「とり貝研究会」(1994年設立)が、海洋センターと連携してトリガイ育成の試験を行いました。

トリガイは海底の砂に潜って生きているため、コンテナのなかに砂を敷き詰め、そこに稚貝を入れ、網の蓋をして海中に吊り下げる方法が考案されました。

アンスラサイトの中で育成されるトリガイ(京都府農林水産技術センター海洋センター提供)

研究会は、コンテナの吊るし方や蓋の網の大きさなどを変え、生育状況や労働の負荷などを比較しました。

コンテナは、波の影響を受けるため、砂の材質選びが難しく、竹、おがくず、砂利などの実験から、アンスラサイト(無煙炭)に決まりました。

稚貝(左)と出荷サイズの貝(右)(京都府漁業協同組合資料)

「育成」に適切な漁場探し

さらに、貝が育つのに適した場所を見つけることも大変でした。
舞鶴湾は、大型フェリー等の利用もあり、筏を設置できる場所が限られています。

とり貝研究会は様々な場所でトリガイを育ててみました。
場所によっては、トリガイが死ぬ、あるいは、成長しないなど、散々な結果になりました。

このような試験を通じて、いかだを置く場所を決めていったのです。

なお、餌である植物プランクトンそのものは天然トリガイと同じですが、天然トリガイが育つ海底より餌の量が豊富な「海中」にコンテナを吊るして育てるため、「養殖」ではなく「育成」と京都府では呼んでいます。

そして本格操業へ

その後、海洋センターは稚貝を提供できる体制を整え、京都府は筏の整備を支援しました。そして、99年から本格的にトリガイの育成が始められました。

舞鶴湾に続き、2004年に栗田湾、2008年に宮津湾、2011年に久美浜湾でトリガイの育成が始まりました。

トリガイを入れたコンテナの手入れ(京都府漁業協同組合資料)

トリガイの育成は、生産者が7月に稚貝をコンテナに100個程度入れ、水深5~7mの海中に吊るすことから始まります。
稚貝を海に入れてから1~2か月ほどたつと、1ケース30㎏もあるコンテナを引き上げ、コンテナの掃除をし、砂を補充します。
そして、貝がプランクトンを充分にとれるよう、1つのコンテナの密度を低くするため別のコンテナに分けて入れます。

この作業は非常に重労働であるだけでなく、短時間で行わないと、貝が弱るため、漁師はとても気を使います。その後も1~2か月ごとにコンテナを引き上げ、同様の手入れを行います。

舞鶴とり貝組合の川﨑洋平さん

生産者の川﨑洋平さんは、この作業を行う時期や回数が重要と言います。
回数が多すぎると貝に負担がかかり、大きくならず、放置すると付着物がつき、味わいがなくなるのです。

トリガイは海水の塩分や酸素濃度が変化し、高水温となる夏を越すのが大変です。
年明け以降、トリガイは安定して成長しますが、それでも漁師は気が抜けません。

そしてようやく、4月の中頃からトリガイの出荷が始まります。

販売は漁協がサポート、相互チェックで品質維持

トリガイは、JF京都を通じて販売されます。
まず漁協が仲買や中央市場から注文を受け、漁師に必要量を連絡します。
漁師はトリガイを重さごとに分けた後、漁協に届けます。
漁協は再度計測して専用容器に詰めかえて配送します。

「丹後とり貝」とブランド名がつくのは、殻付き重量100g以上のものだけです。

漁協職員によると、「鮮度保持についていろいろ試し、冷たい水でトリガイが活発に動かない状態にしたときが一番いい」とわかったそうです。

漁師、漁協による実入り検査の様子(京都府漁業協同組合資料)

品質向上のため、18年から出荷前検査がさらに厳格になりました。具体的には、出荷前の4月に各浜から漁師がトリガイを持ち寄り、目視や殻を剥いて食べる部分の重さを測るなどの検査をします。

このとき、検査対象のトリガイを育成した湾とは別の湾の漁師が確認します。出荷開始後も品質維持のため、約2週間ごとに同様の検査を行います。

消費者を見つめる漁師たち

とり貝研究会の結成時に漁師たちは「消費者と向き合った漁業」を目指していました。今後も漁師、漁協及び関係者が連携して「消費者に信頼してもらえる品質保証や供給体制を構築」(川﨑さん談)していきます。

京都府の丹後とり貝はプライドフィッシュに選定されています。

京都府丹後とり貝

プライドフィッシュとは

 

「丹後とり貝」は地域団体商標登録された地域ブランドです。

商標登録第5284808号 丹後とり貝(たんごとりがい)

  • 田口 さつき(たぐち さつき)

    農林中金総合研究所主任研究員。専門分野は農林水産業・食料・環境。   日本全国の浜を訪れるたびに、魚種の多さや漁法の多様さに驚きます。漁村には、お料理、お祭り、昔話など、沢山の文化があります。日本のなかには一つも同じ漁村はなく、魅力にあふれています。また、漁業者は、日々、天体、潮、海の生き物を見ているので、とても深い自然観を持っています。漁業者とお話をしていると、いつも新たな発見があります。   Sakanadiaでは、そんな漁業者の「丁寧な仕事をすることで、鮮度の高い魚介類を消費者の食卓に届けよう」という努力や思いをお伝えできればと、思っています。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ

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