原魚調達難からウツボの有効活用へ~JF伊豆大島加工部~

島の漁業を支える加工部

離島地域は漁業が主要な産業ですが、漁獲物を消費地に輸送する際に時間と経費がかかるという課題があります。伊豆大島漁業協同組合(以下、JF伊豆大島)は、この課題を克服するため、2013年に加工部を設立しました。加工部では、組合の自営定置網や一本釣り漁業者の漁獲物を原料として加工することで付加価値をつけてきました。例えば、ゴマサバなど消費地で高く評価されない魚を原料にレトルト商品を開発するなど、販路も開拓しました。ところが、ゴマサバをはじめとする原魚の水揚げ量が減少し、厳しい局面を迎えます。
この状況を打開するため、加工部ではこれまで食用として利用されてこなかったウツボに着目し、2019年から商品開発を始めました。現在、加工部が生産するウツボ商品は伊豆大島を代表する土産物の一つとなっています。原魚調達難を創意工夫で乗り越え、漁業者の暮らしを支える加工部の取り組みの軌跡をみていきましょう。

 JF伊豆大島のウツボの旨揚げ
JF伊豆大島のウツボのフライ

骨まで柔らかい地魚加工品

JF伊豆大島加工部は現在、職員数9人で加工を行っています。その製品の特長は、①地産地消、②骨などの様々な部位も余すことなく使用することです。
ここでいう、①の地産地消とは、伊豆大島、もしくは、東京都の原材料をなるべく取り入れるというもので、原魚だけでなく、例えば調味料なども、伊豆大島産の塩、椿油に加え、都産の醤油、みりんを使用します。また、②については、飽和蒸気調理器を使用することで、骨なども柔らかくすることができるためです。加工部代表の岡村京子さんは、栄養士としての専門性と、飽和蒸気調理器による加工についての知見を活かし、商品開発を行ってきました。
また、岡村さんは、2015年から漁港に自ら赴き、原魚も調達しています。これは、漁業者にどのような魚が必要かを伝え、また、漁業者からも「この魚を加工できないか」といった相談を受けるために重要な機会となっています。
ところで近年、これまで大量にとれていたゴマサバなどが不漁であり、さらに2017年頃にはJF伊豆大島が自営の定置網の設置を中止したため、原魚の調達難が深刻化しました。このようななか、それまで培ってきた加工部と漁業者の日常的なコミュニケーションがあったことで、原魚調達に協力的な漁業者は少なくありません。

ウツボの骨を活用した商品

ウツボ漁を開始

岡村さんは、原魚不足に対し、ウツボの活用を考えました。ウツボは、伊豆大島では干物にする食文化はありましたが、骨が多く、処理が大変で、一般的には漁業の対象とは考えられていませんでした。しかし、タコやイセエビ等を食べるウツボの身はゼラチン質を含んだ上品な白身であり、味わいがあります。
ウツボの確保のため、加工部は筒を購入し、JF伊豆大島の組合員に貸し出しました。2019年からウツボ漁は始まりましたが、数年間はウツボ漁をする人が少なく、森川謙代表理事組合長が率先してウツボを採捕しました。最近では、加工部でウツボを購入することが認知され、数は少ないもののイセエビ用の刺し網にかかったウツボも入手できるようになってきました。
なお、ウツボの生態は不明なことが多いものの、漁獲の影響を抑えるため、専門家の意見を踏まえ、ウツボの産卵期の7月1日から8月31日までを禁漁とし、また、漁場を2地区にわけ、1地区の漁期は年前半、もう1地区の漁期は年後半というように漁獲圧を分散しています。さらに漁獲量は年間3トンまでと取り決めています。

身を余すところなく利用

加工部のウツボの加工は、まさに「すべての部位を余すことなく使用する」という精神と技術に裏打ちされています。ウツボが加工部に届くと、まず次亜塩素酸ソーダを100倍に希釈した液体にウツボを漬け、タワシを使って雑菌などを取り除きます。次にウツボの尾をとり、頭、身、骨というように部位ごとに分けます。そして、背びれを切り落とし、身を開き、内臓、骨を除きます。さらに、臭みの原因となる骨のまわりの血合いを洗いおとします。ウツボは腹回りのみが利用されることが多いのですが、加工部はできるだけ様々な部位を活用できるよう、このような切り分け方も研究しながら決めていきました。叩いて骨を柔らかくできる身の前半は、そのままフライや天ぷらに調理します。他の部位は、骨が硬く、複雑な構造なので、飽和蒸気調理器を使い柔らかくします。ウツボの頭はかぶと煮や粉末、身の後半はかば焼き、旨揚げ、尾はウツボ出汁や粉末、内臓は肥料と、部位の特性を活かした利用がなされています。特に旨揚げは湿度の調整が難しく、商品化するまでに試行錯誤を繰り返しました。
また、ウツボの在庫がないときには他の魚を合わせたハンバーグを開発するなど、レシピも工夫してきました。ただ、ウツボに合わせるために調達する魚の量も安定しないことがあり、日々、調達できる原料の状況をみながら商品づくりを変えています。

ウツボの部位と商品説明(岡村京子さん作成)
ウツボの加工工程(岡村京子さん作成)

東京都の島々の現状を伝えるウツボ商品

加工品の主な販路は、島内では加工部店舗での直販と土産店、島外ではレストランや販売店舗です。現在では、「うつぼだし」や「うつぼラーメン」が伊豆大島の土産品となっています。原魚の調達が変動することから販路の拡大は難しいのですが、ウツボは現在、在庫が確保できるため、イベント等で認知度を高めています。
ウツボ商品に対する消費者の反応は、「非常に興味を持つ」と「見慣れない食材であるため躊躇する」に分かれるそうです。2025年5月24、25日に東京都港区の竹芝桟橋・竹芝客船ターミナルで開催された東京愛らんどフェア「島じまん2025」では、伊豆大島の代表として加工部がウツボのフライと旨揚げを出店し、行列ができました。販売促進も行う岡村さんは、ウツボ商品を通じて、「東京都の島々の厳しい海洋環境、そして、その環境のなかで生きる漁業者」のことを伝えたいと考えています。また、魚の骨を敬遠する消費者が多いなか、あえて魚の骨の美味しさを活かした商品づくりにも挑戦しています。
2025年の伊豆大島はハバノリが豊漁で、加工部に多く持ち込まれました。このような日々変動する海産物を受け入れ、漁業者の収入になるよう、そして、消費者にどのような価値を提供するかという非常に難しい課題に、JF伊豆大島加工部は向き合っています。

加工部の皆さん
「島じまん2025」でJF伊豆大島加工部の揚げ物を求める人々

JF伊豆大島加工部のFacebook
https://www.facebook.com/oshimagyokyo.jp/

  • 田口 さつき(たぐち さつき)

    農林中金総合研究所主任研究員。専門分野は農林水産業・食料・環境。   日本全国の浜を訪れるたびに、魚種の多さや漁法の多様さに驚きます。漁村には、お料理、お祭り、昔話など、沢山の文化があります。日本のなかには一つも同じ漁村はなく、魅力にあふれています。また、漁業者は、日々、天体、潮、海の生き物を見ているので、とても深い自然観を持っています。漁業者とお話をしていると、いつも新たな発見があります。   Sakanadiaでは、そんな漁業者の「丁寧な仕事をすることで、鮮度の高い魚介類を消費者の食卓に届けよう」という努力や思いをお伝えできればと、思っています。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ

    このライターの記事をもっと読む

関連記事

JF全漁連とJF静岡漁連、回転寿司チェーン「がってん寿司」で陸上養殖カワハギを提供 水産庁の「バリューチェーン改善促進事業」の一環

JF全漁連と静岡県漁業協同組合連合会(以下、JF静岡漁連)はこのほど、水産庁の「バリューチェーン改善促進事業」の取り組みの一環として、静岡県産の陸上養殖カワハギを回転寿司チェーン「がってん寿司」へ流通

JF全漁連編集部