「淀川河口域を考える会」の議論を通じて干潟の再生を実現 ~JF大阪市による淀川河口域再生の取り組み~

JF大阪市が主催する「淀川河口域を考える会」

淀川河口域の再発見

大阪市漁業協同組合(以下、JF大阪市)は、2019年から淀川河口域に浜をつくり、浜の恵みを享受するとともに、皆で楽しむことを目指して、「淀川河口域を考える会」(以下、考える会)を開催しています。この会における議論や提案が基となり、「干潟の再生」のほか、「淀川食材のブランド化」、「ハゼの釣り船の復活」、「石干見による学習会」などが実現しました。

JF大阪市の組合員は、大阪湾でシラス漁などを行う漁業者と、淀川でシジミやウナギを採捕する漁業者です。組合長の北村英一郎さんは、2017年頃に淀川河口域の湾岸線付近にたまった砂を見て、「この砂は貝類などの生物の生息場所として有用ではないか」と考え、地方独立行政法人大阪府立環境農林水産総合研究所水産技術センター(以下、水産技術センター)の佐野雅基さんに調査を依頼しました。

その結果、淀川河口域のいくつかのポイントで「川底がとてもきれい」であり、貝類の生息に不適な貧酸素水塊の影響が少ないこともわかりました。また、2018年に淀川流域の内水面4漁協を中心に活動をしている「京の川の恵みを活かす会」から、「天然海産アユを増やすために淀川河口域に干潟や浅場をつくる活動に協力して欲しい」と提案がありました。これらを踏まえ、JF大阪市は、2019年に第1回「考える会」を開催しました。

テトラ護岸で浅場がなかった酉島海岸

憩いの場となった酉島干潟

第1回「考える会」では、水産技術センターの調査結果の報告に加え、淀川河口域へ冬場に降河してくるアユの稚魚の生息場所が不足していることも報告されました。これを受け、参加者からは、「淀川河口域にアユの仔稚魚の生息場所となる浅場を再生するためには、どのように土砂を投入すればよいか」などの意見が上がり、活発に議論が交わされました。

この議論の内容は、その後、国土交通省近畿地方整備局淀川河川事務所(以下、淀川河川事務所)が設置した淀川環境委員会水域環境部会でも検討され、阪神なんば線淀川橋梁改築事業のしゅんせつ土を活用した干潟再生実験として実現することになりました。具体的には、淀川河川事務所の管轄のもと、大阪北港マリーナに程近い淀川河口から0km付近に、2019年に1万㎥、2020年に2万㎥のしゅんせつ土が運搬され、置き土(土砂還元)が行われました。

その結果、2023年には、河口から上流へ向かって800mの付近まで干潟が広がりました(淀川河川事務所調べ)。この干潟は此花区酉島地区にあることから、「酉島干潟」と呼ばれ、最近では凧揚げやサーフィンをする人々もみられるようになりました。さらに注目すべきは、魚介類の成育の場となっていることです。

半世紀ぶりに再生した干潟
酉島干潟の利用状況(「第6回『考える会』」での竹門康弘氏の報告より)

酉島干潟に出現した幼稚魚

2023年11月に開催した第6回「考える会」では、水産技術センターの大美博昭さんから同センターが実施した酉島干潟を含む淀川河口域の生物調査の結果が報告されました。同調査では2020~22年の3年間に、淀川河口域で魚類30種、エビ10種、カニ9種の合計49種が、また酉島干潟で、スズキ、シロギス、コノシロ、アユ、コチなどの魚類が確認されました。

特に、コチは近年漁獲量が増えており、淀川河口域は大阪湾の漁業や食文化にとっても、重要な場所であることがわかりました。さらに、絶滅危惧種に指定されているエドハゼが、淀川河口域において3年連続で確認され、生息している可能性が高まりました。

これらの結果を踏まえ、報告では「淀川河口域は、川や海との連続性が重要。具体的には、産卵場が別の場所であっても河口域で成長する魚がいる、という意味での連続性が不可欠である」と指摘され、大阪湾や淀川の生物多様性のために河口域の環境を保全する必要があることがわかりました。

 

淀川河口域の幼稚魚(「第6回『考える会』での水産技術センターの報告より)

河口域の環境や課題が共有される

第6回「考える会」では、淀川河川事務所から酉島干潟のモニタリング調査結果の報告がありました。モニタリング調査には、酉島干潟の地形的変化を把握する項目も含まれています。この調査で、海の北西風や波浪を受け、土砂が上流に向かって移動したことが明らかになりました。また生物調査では前述の魚類のほか、ヤマトシジミ、タイワンガザミを確認した他、2022年に大阪府のレッドリストにあるスナガニを確認し、2023年にはスナガニの巣も発見しました。

考える会では、すべての調査報告を終了した後、毎回、参加者による討論を行います。第6回の討論では「酉島干潟は、何らかの対策を打たないと、時間の経過とともに砂が移動し、消滅する」と指摘されました。干潟を維持するには土砂の投入が欠かせないため、参加者は土砂の供給源と継続的な投入時期について、議論を行いました。

竹門康弘氏司会による、「考える会」恒例の参加型討論

今後の酉島干潟の維持に向けて

考える会で司会を務める大阪公立大学国際基幹教育機構客員研究員の竹門康弘さんは、淀川流域におけるしゅんせつ土を適切に利用することを提案しました。また、竹門さんは「自然の営力による干潟、浜の再生方法の確立が必要」と唱え、酉島干潟を維持するために、淀川に適切な流量の設定、干潟・浜に必要な粒径の土砂を供給する仕組み、水質管理など、今後の方向性をまとめました。

「考える会」事務局を担当しているJF大阪市の畑中啓吾さんは、「考える会で得られた科学的情報や議論を通じて、淀川河口域の環境の再生が行われている。今後も着実に改善していくことを願っている」と、今後の動向に期待を寄せています。

これまでの議論の整理(第6回「考える会」での竹門康弘さんの報告)

淀川河口域に半世紀ぶりに再生した酉島干潟は、大阪市民の憩いの場であるとともに、水質浄化や「生物のゆりかご」としての役割も期待されています。さらにこの干潟再生の取り組みは、漁業者の観察と知見、科学者の専門知識などが融合した、生物の命を次世代に引き継ぐ努力の活動としても注目されています。

「第1回淀川河口域と淀川水系の恵み試食勉強会」で提供された淀川の「うなぎ茶漬け」
  • 田口 さつき(たぐち さつき)

    農林中金総合研究所主任研究員。専門分野は農林水産業・食料・環境。   日本全国の浜を訪れるたびに、魚種の多さや漁法の多様さに驚きます。漁村には、お料理、お祭り、昔話など、沢山の文化があります。日本のなかには一つも同じ漁村はなく、魅力にあふれています。また、漁業者は、日々、天体、潮、海の生き物を見ているので、とても深い自然観を持っています。漁業者とお話をしていると、いつも新たな発見があります。   Sakanadiaでは、そんな漁業者の「丁寧な仕事をすることで、鮮度の高い魚介類を消費者の食卓に届けよう」という努力や思いをお伝えできればと、思っています。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ

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