水産業の新戦略 大阪湾で育てた「ぼうでのカキ」を消費者に ―JF西鳥取によるカキ養殖の取り組み― 2023.6.5 田口 さつき(たぐち さつき) 印刷する 波有手(ぼうで)浜にカキ小屋出現2016年に、波有手(ぼうで)浜と呼ばれてきた大阪府西鳥取漁港にカキ小屋が開店しました。そのカキ小屋で提供しているのは、目の前の海で育てられたカキです。大阪湾で育てられたカキをカキ小屋で府民が味わうのは、これが初めてのことで、画期的な出来事でした。 このカキの養殖とカキ小屋を始めたのは、西鳥取漁業協同組合(JF西鳥取)に所属する24人の漁業者です。彼らの営む主な漁業は、定置漁業、石桁網(いしげたあみ)漁ですが、「浜の活力再生プラン」(以下、浜プラン)をきっかけとしたカキ養殖に挑戦しました。 「浜プラン」とは、漁業者および市町村の関係者が協議して、水産業の活性化のための計画案を作成し、漁業者たちが実行するものです。その実行にあたり、一部、補助金を活用することもできます。JF西鳥取は、阪南市農林水産課と一緒に、NPO 法人大阪湾沿岸域環境創造研究センター専務理事の岩井克巳さんの協力を受けながら、浜プランを作成することとなりました。 浜プランの話し合いの中で、以前、カキ養殖をしていた組合員が「浜プランでカキ養殖をしてみてはどうか」と提案しました。これを受け、試験的にカキとアサリの養殖を行うこととなりました。この結果、西鳥取にはカキ養殖に適した漁場があるとわかりました。以下ではカキ養殖について紹介します。 大阪湾で育つ「ぼうでのカキ」(写真提供:JF西鳥取)漁業者が施設を作り上げ、カキ養殖開始カキ養殖を始めるにあたって養殖施設(筏)を置く漁場は、以前カキ養殖が行われていたことから、すでに区画漁業権として免許されており、すぐにも利用が可能でした。 JF西鳥取代表理事組合長の相良康隆さんによると、「小さな川が注ぎ込み、沖には防波堤があるため、台風でも波は小さく、それでいて、潮通しがいい、絶妙の場所」とのことです。 問題は、養殖をする貝の確保と養殖技術の習得でした。そこで、岩井さんの勧めもあり、組合員は三重県鳥羽市に視察にいきました。視察先の漁業者の好意で、種牡蠣がついたホタテ貝殻6000枚(カキ稚貝は約2万個)を購入することになりました。 そうなると、種牡蠣が届く前に、筏の準備が必要となりました。視察先では筏は木製でしたが、高価でした。そこで、2015年2月に組合員総出で、四角に組んだ鉄パイプに浮きをつけて筏を作りました。筏を止める錨は、組合員が営んでいるノリ、ワカメの養殖で余っていたものを利用しました。 そして3月に、筏に種牡蠣を吊るす作業が行われました。まず、種牡蠣を等間隔で水中に沈めるため、ロープに釘を打ち、ホタテ貝殻をロープに通した垂下連(すいかれん)を作成しなくてはなりませんでした。このとき、ロープが大量に必要になりましたが、視察先の漁業者がロープを譲ってくれました。組合員はそのロープから釘を抜いた上で、再び、地元の漁場に合わせた間隔(1つの垂下連に8つのホタテ貝殻)で、釘を打ちました。また、ホタテの貝殻は、工作用のドリルで穴をあけました。こうしてできた垂下連を筏に吊るしました。同年12月に垂下連を引き上げ、視察先の漁業者に確認してもらったところ、褒められ、組合員は自信を得ました。 ところで、垂下連の引き上げに使う道具も相良組合長所有のリフトを利用しました。また、カキ洗浄の道具もいろいろ試した結果、市販の高圧洗浄機を使うと、綺麗に洗える上に節水もでき、作業もはかどることがわかりました。 海中のカキ垂下連(写真提供:JF西鳥取)手探りでのカキ小屋運営養殖カキの成功により、販路の開拓をすることが急務となりました。岩井さんの助言や視察地でみたカキ小屋に注目し、自分達でカキ小屋を運営することにしました。そこで、テントを大阪府漁業協同組合連合会(JF大阪漁連)から借り、設置しました。そして、カキを焼く機械も相良組合長が探して購入し、2016年1月にカキ小屋を始めました。組合員が交代で土日にカキを焼くことになり、カキをうまく調理する方法を模索しました。 相良組合長は、知人からカキを蒸して焼くと品質が安定し、衛生面でも安全であることを聞きました。また、視察先の漁業者が利用していた紫外線殺菌装置も購入し、安全性を高めました。こうして、殺菌装置の水に丸一日つけたカキを蒸して焼く方式が確立しました。この方式にしてから、カキ本来の味がはっきりわかるようになりました。 一方、組合員は宣伝方法に悩んでいました。しかし、そのような心配も杞憂に終わりました。大阪湾で養殖したカキを使ったカキ小屋を数々の報道機関が取りあげ、多くの人々が来店しました。 カキ小屋の入店を待つ人々(写真提供:JF西鳥取)カキ養殖の生産性を改善不運なことに2017年には貝毒が大阪湾で発生し、カキ小屋は4営業日のみで終了しました。カキは収穫せず、そのまま育て続けました。すると、18年はカキがさらに成長し、垂下連を引き上げることが大変になりました。そこで、相良組合長の漁船に備わった錨をまくローラーを応用し、引き上げると、作業時間が短縮され、作業も楽になりました。 また、組合員は、カキ小屋経営で得た収益をカキ養殖への投資に向け続けました。特に筏を更新したことは1つの転換点でした。鉄パイプ製筏では滑るので作業する人は這って移動し、時間がかかりましたが、新しい筏は木製で、しかも、より大きくなったので、動きやすく生産性も上がり、生産量も増えました。鉄パイプ製筏は2年しかもちませんが、木製筏は10年と長く使えます。もちろん、組合員が筏制作に参加したので、あまり支出がなく済みました。 現在の筏の様子(写真提供:JF西鳥取)美味しいカキを作るための手間現在、JF西鳥取では「ぼうでのカキ」として養殖カキを宣伝しています。「ぼうでのカキ」の生産には、さまざまな手間がかかっています。例えば、7月に付着物を取り除くために、垂下連を海から引き上げて湯のなかに一瞬つけ、それを再び引き上げ、日中3~4時間ほど干します。こうすることで、カキの成長を阻害する付着物を取り除くことができます。 また、10月には、垂下連を引き上げ、ホタテ貝殻からカキを外し、カゴに移す作業を行います。海から引き上げた垂下連は、まずドラム式の洗浄機で洗い、ホタテ貝殻の周りについた付着物の塊をほぐします。そして、手作業でホタテ貝殻からカキを外します。この際、大きなカキと小さなカキを分けて、カゴに入れて海に再び沈めます。 このような手間のかかった「ぼうでのカキ」は、身入りがよく、焼いても小さくならず、クリーミーな上、大阪湾独自の味わいがあるそうです。特に、焼いてポン酢で食べるのが相良組合長のおすすめです。 ドラム式の洗浄機でカキを洗浄ホタテ貝殻からカキを分離カゴ中に⼊れられる前のカキみんな仲間の漁師鮮度これまでカキ養殖は組合員が行ってきましたが、作業量も増えたことからJF西鳥取は株式会社漁師鮮度を2021年に立ち上げました。漁師鮮度は、漁家の子弟、地域の高齢者、福祉施設に通う人々を採用し、漁福連携を進めています。カキ養殖事業において、組合員が漁船を出し、細やかな手作業は主に雇用者が行い、お互いに「みんな仲間」と考え、協力し合っています。漁師鮮度は地域のプラットホームとして、カキ小屋を通じた前浜の恵みを消費者に届けるだけでなく、漁業体験や環境保全活動も行っています。 JF西鳥取の組合員は、新しい漁業へ挑戦し、創意工夫で一つ一つ課題を乗り越え、今では阪南市に賑わいをもたらす産業として「漁業」を発展させています。 株式会社漁師鮮度のみなさんと相良組合長(2列目左端)* * * ▶西鳥取漁業協同組合 | 「浜プラン.jp」WEBサイト Sakanadia関連記事 ▶2022年度「浜の活力再生プラン 優良事例表彰」受賞地区が決定 ▶2021年度「浜の活力再生プラン 優良事例表彰」受賞地区が決定!キーワードは「総合性」と「特色を生かす」 ▶相対取引から市場入札制へ、IoTで鮮度と価格が向上した大阪のシラス 漁師浜プラン近畿田口 さつき(たぐち さつき)農林中金総合研究所主任研究員。専門分野は農林水産業・食料・環境。 日本全国の浜を訪れるたびに、魚種の多さや漁法の多様さに驚きます。漁村には、お料理、お祭り、昔話など、沢山の文化があります。日本のなかには一つも同じ漁村はなく、魅力にあふれています。また、漁業者は、日々、天体、潮、海の生き物を見ているので、とても深い自然観を持っています。漁業者とお話をしていると、いつも新たな発見があります。 Sakanadiaでは、そんな漁業者の「丁寧な仕事をすることで、鮮度の高い魚介類を消費者の食卓に届けよう」という努力や思いをお伝えできればと、思っています。 ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページこのライターの記事をもっと読む
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