地域の人々が力を合わせて刈る「房州ひじき」

栄養価の高い伝統的食材「ヒジキ」

海であるのに「鹿尾菜」、「羊栖菜」と動物の一字が入っている海藻は何でしょうか。この海藻は、煮物や炊き込みご飯によく使われます。答えは、ヒジキです。ヒジキは、植物繊維、鉄分、カルシウムなどを含む、栄養価の高い伝統的な食材です。

そのヒジキの産地のひとつが千葉県房総半島の千倉町沿岸であり、同地にある東安房漁業協同組合(JF東安房)では、組合員が収穫したヒジキを乾燥ヒジキに加工しています。以下では、その過程を追いかけてみましょう。

JF東安房の乾燥ヒジキ

ヒジキは、多年生の褐藻類で、波の荒い岩礁地帯の潮間帯(ちょうかんたい)、特に潮間帯の下のほうで育ちます。潮間帯とは、潮が大きくひく大潮の日の満潮のときの海面と岩が接する高潮線と、大潮の日の干潮のときの海面と岩が接する低潮線の間をいいます。ヒジキは冬から春にかけて大きく成長し、初夏には胞子や卵をつくり、生殖が終わると、夏に茎などが流出します。

千倉町沿岸では、ヒジキ漁は、3月末から解禁になります。ヒジキを刈る作業ができる機会は、3月末から4月中にかけての年3回しかありません。それは、5月になると、フグの一種がヒジキに卵を産みつけるので、食用に適さないからです。また、同じ頃、ヒジキの葉が膨らんで黄色くなり水を含むので、価値が下がります。そして、ヒジキを刈る作業は、大潮のあたりが最も適しており、また、時間帯も引き潮前後に限られます。

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昔から共同作業でヒジキ漁を行う千倉町沿岸地区

千倉町沿岸では、ヒジキ刈りを昔から地区の共同作業で行います。前もって地区の人々(その多くはJF東安房の組合員)にはヒジキ漁を行う予定日が回覧などで知らされます。そして、当日の早朝に、地区の漁業権管理委員がヒジキ漁を行うかどうかを相談します。ヒジキ漁の日の天候や海の様子で、中止になることもあります。白間津地区では、ヒジキ漁を行う場合は白旗、中止の場合は赤旗が立てられます。筆者が白間津地区にお邪魔した日は、白旗が掲げられていました。

参加者は、午前9時半の開始前に旗の前に集まっていました。JF東安房の白間津地区の漁業権管理委員である石井隆之さんが参加者の名前と数を確認し、全員で打合せを行った後、磯へ向かいました。参加者は、防水服と長靴を身に着け、竹籠を背負っていました。

磯では、引き潮のなか、60cm前後に成長したヒジキが現れていました。海底であった部分は、石がたまっていて平坦でないうえに、その石や岩の上に藻が生えていて非常に滑りやすく、移動するのも大変でした。

群生するヒジキ(白間津地区)

参加者は、小さな集団に分かれ、集団ごとに近い場所でヒジキを刈り取って、ヒジキの山を作ります。ヒジキを刈る際は、固い繊維状根を入れないようにします。その後、ヒジキを水切り籠に入れて運び、ヒジキを重ねていきます。

ヒジキの根を残して刈り取る

参加者は、徐々に場所を移動してヒジキを刈っていきます。

滑りやすい磯での作業

ヒジキは、刈り取らないと次の年の成育が悪くなるため、広範囲に刈り取っておくことが漁場を維持することにつながります。

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刈取作業は参加者の負荷軽減を配慮

1時間半ほど刈取作業をしていると、JF東安房のトラックが集荷に来ました。そこで参加者は、山となったヒジキを竹籠に移し、JF東安房が用意したダンベと呼ばれる水槽へ運びます。このとき、参加者は30kgのヒジキが入った竹籠を背負い、ダンベの場所に向かいます。足元が悪いので滑って転んでしまうこともあります。そのとき、再び立ち上がれるようほかの人が手助けしていました。

立ち上がる際の手助け

漁協職員はダンベのヒジキをトラックに積み替えていきました。終盤になり、漁業権管理委員の石井さんが目標とする重量4tに少し足りないと判断し、「あとひとり1籠分刈ってください」と声かけをしました。参加者はそれぞれ、沖側の漁場に移動し、ヒジキを刈る作業を再開し、ヒジキを刈った後は竹籠に背負って、再び漁協職員に渡しました。

参加者に声かけをしていた白間津地区の漁業権管理委員の石井隆之さん

そして、石井さんの合図で、この日のヒジキ漁は終わりとなりました。石井さんは、参加者に「重量を張り出すので後で確認してください」と連絡していました。その後、解散となりました。

ヒジキ漁はかがむ姿勢や重量のあるヒジキの運搬など、高齢者にはつらい作業であり、参加者が少なくなってきています。そこで、石井さんは、前もって若手に声をかけました。参加した若手には集荷作業の場所からなるべく遠いところからヒジキを刈るようにお願いしたそうです。また、近場のヒジキは、最後に残すなど、参加者の労働の負荷を軽減できるよう配慮していました。

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「房州製法」で作られる乾燥ヒジキ

白間津地区のヒジキは、JF東安房の加工場に運ばれ、「房州製法」と呼ばれる方法で、乾燥ヒジキとなります。この製法は、原則、刈ったヒジキを翌日までに乾燥ヒジキにするので、旨味がたくさん残ります。ヒジキの収穫期には、加工場に大量のヒジキが運ばれるので、職員はヒジキを茹でる作業を集中的に行います。

乾燥ヒジキができるまでの工程は、まず、ヒジキを釜に入れた後、点火し、同時に棒状のスチームを上からヒジキのなかに入れて2時間蒸します。すると煮汁が出てきます。このとき、さらにヒジキを加えますが、煮汁が釜に行き渡り、均一に茹で上がるよう、塊をほぐしていきます。ここから、さらに2時間茹でます。煮終わったら1時間蒸らします。その後、茹でたヒジキを籠に小分けし、冷まします。

スチームと釜で加熱されるヒジキ

冷却が終わると、乾燥工程に移ります。この工程では、乾燥機のレーンに籠からヒジキを取り出して載せます。このときに目で確認できる混入物は全て取り除きます。レーンに載せてから30分後に乾燥したヒジキの塊が乾燥機から出てきます。これを先端部分の芽ヒジキとそれ以外のヒジキに分け、保存します。そして、出荷の際に、ピンセットで混入物や色の違うヒジキを取り除き、小分けして袋詰めします。さらにこの小袋を計量、印字し、金属探知機にかけ、安全性を確認します。

加工場では、しめ鯖の加工もしているので非常に負担がかかるのですが、加工場の責任者である鈴木貢さんは、「地域の人にとって、ヒジキ刈りはお祭りともいえる大事な行事なので、続けられるように乾燥ヒジキをしっかり作っていきたい」と語ります。

JF東安房の加工場責任者の鈴木さん

このようにJF東安房の乾燥ヒジキは、地域の人々の暮らしとヒジキ漁への熱意がこもったものなのです。

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  • 田口 さつき(たぐち さつき)

    農林中金総合研究所主任研究員。専門分野は農林水産業・食料・環境。   日本全国の浜を訪れるたびに、魚種の多さや漁法の多様さに驚きます。漁村には、お料理、お祭り、昔話など、沢山の文化があります。日本のなかには一つも同じ漁村はなく、魅力にあふれています。また、漁業者は、日々、天体、潮、海の生き物を見ているので、とても深い自然観を持っています。漁業者とお話をしていると、いつも新たな発見があります。   Sakanadiaでは、そんな漁業者の「丁寧な仕事をすることで、鮮度の高い魚介類を消費者の食卓に届けよう」という努力や思いをお伝えできればと、思っています。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ

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