西伊豆町仁科のテングサ~生産から入札まで、高品質の秘訣~

古代から伝わる「テングサ」

心太(ところてん) 写真提供:JF伊豆

煮て溶かした後、凝固する海藻であることから、飛鳥時代に凝海藻(こるもは)と呼ばれていた海産物はなんでしょうか? この海産物は健康や美容にもいいと言われています。答えは、テングサです。テングサは、心太(ところてん)や寒天の原料になります。詳しくいいますと、紅藻類テングサ科に属する海藻のなかで、産業用に利用されているもの(主要なものは5種)をテングサといいます。

静岡県の伊豆半島はテングサの代表的な産地です。伊豆半島では、明治時代にテングサが着生しやすいように石を海に入れる、テングサとなる海藻以外の海藻を刈るといった取り組みが行われました。また、多くの女性が海に潜って、テングサを刈ってきました。なお、ちぎれて流れたテングサを干したものは寄り草(よりくさ)と言われ、浜や磯に打ち上げられたものを集める、あるいは寄り草が溜まった場所を船で桁網状の漁具を曳いて採るといった寄草採りというさまざまな漁法も生まれました。

以下では、伊豆漁業協同組合(JF伊豆)の仁科支所のテングサ漁業について見ていきましょう。現在、仁科支所は、テングサ入札の事務局を担っているため、静岡県産のテングサの情報が集まる場所となっています。

イセエビ漁との共生—テングサ漁(採藻類漁業)解禁日の決め方—

テングサの群落(写真提供:静岡県水産・海洋技術研究所伊豆分場)

テングサのなかでも品質がよく、生産量が多いのがマクサです。伊豆半島ではマクサは、最も潮が引いたときの陸との境である干潮線から水深15mくらいまでが生育がいいそうです。浅い場所に生えるマクサは、速い汐に耐える強さを持ち、よく光合成していて赤く品質が良く、乾燥させるとオカマグサと呼ばれるところてんなどの原料(原藻)になります。

まず、採藻漁業(テングサを刈る漁業)についてみていきましょう。仁科支所は良質なマクサが豊富に茂る漁場に恵まれています。これらの漁場ではイセエビも採れるので、操業中の事故を防ぐために、採藻漁業ができる期間(5月末~9月初旬)とイセエビの刺し網を設置できる期間(9月中旬~翌年5月中旬)を分けています。そのため、テングサを刈る人々に漁場を解禁する日を定めることは、仁科支所の支所運営委員会の重要な仕事の1つです。

テングサ漁の様子

毎年4月に静岡県水産・海洋技術研究所伊豆分場(伊豆分場)の職員と各浜の漁業者が連携して、テングサの作柄予測調査を行います。仁科支所では、支所運営委員会の役員が漁船を出し、伊豆分場の研究員と一緒に定点観測地点までいきます。すると、研究員は海に潜り、テングサの群落の広がりや単位面積あたりの着生量などを観測します。そして研究員は、テングサの生え具合など例年と比較し、各支所に報告書を渡します。

この報告書の内容や海の水温、天候などに基づいて、支所運営委員会が協議して、解禁日を決定します。そして、いよいよ漁が始まります。解禁日初日と2日目の午前6時半に西伊豆町役場が解禁日であることを放送で伝えます。また、仁科支所の建物に旗が掲げられます。この合図を受けて、漁業者は海へ向かうのです。

潜水で刈り取る「採藻漁業」—採りすぎないためのルール—

潜水しテングサを刈る様子 静岡縣賀茂郡白浜村役場(1954)「テングサの沿革」

陸から泳いで浅い場所で潜水をする人、1つの漁船に3~4人が乗って移動し沖側の海に潜る人など、漁業者は自分のやり方に合わせてテングサを刈ります。全ての漁業者の1日の操業時間は8時から15時までと決まっています。このように時間を合わせることで、漁業者は抜け駆けをすることもなく、秩序を保って仕事ができます。また、漁業者が長時間潜ることで採り過ぎにならないよう、原則空気ボンベを使うことは禁止されています。とはいえ、海のなかで長時間作業をするのはつらいので、操業時間前に作業を終える人も多いのです。

漁業者は刈ったテングサをスカリと呼ばれる網袋に入れます。このスカリがいっぱいになると15~20㎏になります。刈ったテングサはすぐに乾燥させないと、品質が下がります。そのため、漁業者が海に潜るのは晴れた日だけです。

テングサを引き上げる漁業者
品質のためにテングサはすぐに乾かすことが必要

手早く乾燥作業に移らないといけないので、1回潜っては刈ったテングサを持ち帰る人、満杯のスカリを陸で待つ人に渡し、潜水作業を続ける人など、人それぞれです。自分が陸に戻るときに他の人のスカリも持ち帰るといった助け合いも行われています。

漁業者はテングサを1日で乾燥させた後、自分の倉庫のなかに保管します。そして、天気が悪く漁に行けない時期に選別(伊豆では「改良」といいます)を行います。

一方、寄り草は、波打ち際や海の特定の場所に溜まるテングサを集めるため漁期はなく一年中できます。そのため、生産量は寄り草が一番多くなります。海の特定の場所で漁業者が選んで刈ったテングサと違い、寄り草のなかにはさまざまな海藻が含まれるため、漁業者が改良時に丁寧により分けることが品質を保つ鍵となります。

テングサの選別(改良)—品質維持する漁師と漁協の目—

入札サンプルのテングサ
入札サンプルのテングサ

仁科支所は、期日(1年に6回程度)を定めて漁業者から改良後のテングサを受け取ります。このとき、役員が立ち会ってテングサの品質検査を行います。生産者である役員がテングサをみて適切に改良ができているか、どの等級にするか決定します。例えば、マクサは、①オカマグサ、②三等草、③べトクサ、④アオというように4種類に分けられるそうです。漁協職員は重さを測り、「オカマグサが何kg」というように品質別に重量を伝票に記録します。

その後、仁科支所は機械で品質ごとにテングサをまとめて、ひと塊が25kgになるように機械で圧縮します。これが入札にかけられるのです。

豊富な資源で年間入札

出荷されるテングサ

仁科支所は年に5回(3月、7月、9月、10月、11月)入札を行います。入札日の10日前までにJF伊豆の各支所から入札に参加する旨とどの銘柄が何Kgあるかという情報が仁科支所に集まります。

ところで3月の入札は、その年のテングサの入札日のなかで最も早いため、業界から注目されています。しかし、テングサの漁期は5月からです。なぜ、3月に入札を行うことができるのでしょうか。それは、JF伊豆の仁科支所と土肥支所はテングサが豊富で前年から持ち越されるテングサがあるからです。

ただ気になることに、ここ数年、海水温の上昇などからテングサが繁茂しにくくなっています。そのようななかにあっても、JF伊豆の仁科支所長である山本伸人さんは、「仁科がテングサ市場で日本の中心であり続けるために漁業者と漁協職員はこれからも一緒になってよりよい改良を心がけ、業者からの信頼を守ります」と語ります。テングサには、このように歴史やたくさんの人々の思いが詰まっています。

(参考文献)静岡縣賀茂郡白浜村役場(1954)「テングサの沿革」
伊豆のテングサ漁業編纂委員会編(1998)「伊豆のテングサ漁業」成山堂書店

 

  • 田口 さつき(たぐち さつき)

    農林中金総合研究所主任研究員。専門分野は農林水産業・食料・環境。   日本全国の浜を訪れるたびに、魚種の多さや漁法の多様さに驚きます。漁村には、お料理、お祭り、昔話など、沢山の文化があります。日本のなかには一つも同じ漁村はなく、魅力にあふれています。また、漁業者は、日々、天体、潮、海の生き物を見ているので、とても深い自然観を持っています。漁業者とお話をしていると、いつも新たな発見があります。   Sakanadiaでは、そんな漁業者の「丁寧な仕事をすることで、鮮度の高い魚介類を消費者の食卓に届けよう」という努力や思いをお伝えできればと、思っています。   ▶農林中金総合研究所研究員紹介ページ

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