【漁協よ永遠なれ】 第2回 沿岸漁業の本来的性格と漁協の存在意義

沿岸漁業の本来的性格と漁協の存在意義 寄稿:佐野雅昭(鹿児島大学水産学部教授)

沿岸漁業の本来的性格とは

狭く限られた漁場の中で自然そのものを対象に営まれる沿岸漁業の本質的特性は「自然調和型産業」であることである。常に一定のエネルギー循環(太陽から地球に届く光がその根源)の中で恒常性を保とうとする自然と調和的であろうとするために、漁業自体も「持続的」であることが物理学的に必然なのだ。

長期的に見れば「増えもせず減りもせず、常に変わらない」という謙虚なありさまが沿岸漁業の本来的性格であり、自然のエネルギー循環の中に溶け込んだ存在が理想型となる。養殖とて自然を利用して営まれる以上そうは変わらない。

同時に、自然は地理的・天候的そして季節的な条件によって驚くほど大きく変化する。地域によって海の性状も水産資源の賦存状況も全く異なるし、それは常に一定ではなく毎日全く新しい姿を見せる。沿岸漁業も自然の多様性や季節の移ろいに合わせた、柔軟で変動性に富む複雑なものでなければ持続できない。「常に変化し、同じ形をしていない」というのもまた、沿岸漁業本来の姿なのだ。

さらに、自然は壊れやすい。人間の身勝手で過度な関与は、どのようなものでも自然を汚し、恒常性を破壊し、多様性を崩壊させる。埋め立てや海洋開発による海の作り替えは直接的ダメージを与えるが、沿岸漁業も過度な漁場利用や漁獲を避け、適切に管理されなければ持続することはできない。そしてそれが共有物である以上、無秩序な競争状態に放置すれば乱獲が必ず発生する。

かくして、沿岸漁業は化石燃料を大量消費することで(環境を傷つけながら)成長力を確保し、規格化や標準化を進めることで効率性を高めることができ、資本さえあればどの場所でも全く同じことを際限なく拡張できる一般的産業とは全く異なる生産様式となる。

うまくやれば永遠に持続できる代わりに一般的意味での「成長」力に乏しく、効率化や生産性向上も難しい。そして何より、それは地域に根差したものとして存続するしかないのだ。

従って沿岸漁業の生産管理は、一定の地理的・環境的まとまりを持つ「地域」ごとに行われなければ実効性を欠く。地域ごとに生産体制を組織化し、集団的・協調的に海と資源を利用しなければならない。また沿岸漁業は制御できない自然の変動を受動的に受け止めるしかなく、小回りが利き、多様に形を変える柔軟な生産体制が必要である。広域的に活動し、競争優位性獲得のために効率性を重視した一般的企業経営ではうまく対応することが困難なのだ。

そして自然は誰のものでもない。その恩恵すなわち水産資源から得られる価値はまず地域定住者に還元され、次いでなるべく多くの国民に公平に行き渡ることが望ましい。

「なすべきことをなす」

このように沿岸漁業という産業の存在形態を良く考えてみれば、生業的な地域定住漁民が自ら協同組合という組織をつくり、海を集団的に利用し、柔軟で持続的な漁業を構築してきたことは論理的帰結であり、ごく当然のことに思える。漁協という存在は古いように思われるが、日本の沿岸域環境を持続的に利用する上で正しい生産組織のあり方であり、同時にスマートで未来的でもあろう。漁協を軸とする日本沿岸漁業のあり方は、近年注目されている持続可能な開発目標(SDGs)の14番目の目標にも完全に合致するものだ。

確かに日本の沿岸漁業および漁協を巡る社会情勢は厳しさを増している。経済成長第一主義の政策運営、長引く景気低迷と消費不況、労働力人口の減少と現場労働の担い手不足などネガティブなマクロ環境要因は枚挙にいとまがない。しかし自信を失う必要はない。どのような時代であっても、持続的な沿岸漁業の構築は、漁協以外の誰にもできないだろう。そしてそれは日本にとって絶対に必要なものだ。今は苦しいときだが、必ず道は開ける。今は粘り強く、職員と組合員が一丸となって、なすべきことをなすことが大切だ。

では、なすべきこととは何か。国民全てが受益者である安全で質の高い食料供給の責務を誠実に果たすこと、またその生産基盤である水産資源および国民の豊かな生活空間でもある美しい沿岸海域環境を持続的に利用し、次世代に遺産として確実に伝えていくことがそれだ。そうした公益的責務を果たさない漁協や漁民には公共の海を利用する資格はない。漁協やその組合員には、そうした覚悟も必要だろう。

ユネスコは2016年11月30日、第11回委員会において、「協同組合において共通の利益を形にするという思想と実践」の無形文化遺産への登録を決定した。高度に発展した資本主義や過度なグローバリゼーションはさまざまな社会問題や矛盾、不正義をもたらしているが、この現代社会のゆがみを正すことができるのは共同体しかなく、協同組合はその最も強力な組織である、と評価されたのだ。漁協ももちろん協同組合であり、こうした意義を体現する存在である。地域的な共同体的機能を生かしていくことで、沿岸漁業はもちろんのこと日本社会の未来をよりよいものにしていくことが期待される。高い理想と大きなビジョンを持ち、苦しいときでも仲間を大切にして、これからも強い気持ちで海に向き合っていこうではないか。

 

次回:「漁業制度」改革に惑わされる必要はない 北海学園大学経済学部教授 濱田武士 氏 寄稿

  • JF全漁連編集部

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