特集・3.11 「仲間がいたから立ち上がれた」――災害時に力を発揮したJF女性部の活動(岩手県・JF釜石東部女性部) 2021.3.11 大浦 佳代(おおうら かよ) 印刷する どん底で、頭より先に体が動いた被災時、炊き出しの様子「津波ですべてを失ったどん底で、『もう1回やろう!』と思えたのは、女性部の活動と仲間のおかげです」。岩手県釜石市の釜石東部漁業協同組合(以下、JF釜石東部)女性部長、前川良子さんは10年前の“あの頃”をこう回想する。 文字どおり「体ひとつ」で逃げた前川さんだったが、避難生活を送る中で「生きるためには、何かしないと」と、女性部の有志で炊き出しを始めた。 「頭より先に体が動いた感じ。長年続けてきた女性部活動の延長という感覚だったから、動けたのかもしれません」と、感慨深そうに話す。 その「長年続けてきた活動」とは、郷土料理の伝承をベースとした食育、加工品の商品開発と販売、漁家レストランの経営、さらには漁業体験などのグリーンツーリズムまで、幅広いものだった。 食をテーマに積み上げた活動、山と海の連携母さん手作りの郷土料理を楽しむ会、農家女性とともにスタートは2004年。県による伝統食の調査をきっかけに、JF釜石東部女性部と山間部の農家女性のグループが意気投合し、郷土料理研究会を発足させた。 伝統食の研究のほか、地元食材の魅力を伝える「郷土料理を楽しむ会」を毎月開催。 ヒジキご飯やホヤの吸い物、すき昆布の天ぷら、サケと白菜や大根の漬物など山海の恵みを並べ、大好評だった。 「2006年には、念願の活動拠点ができました。うれしかったですね」と、前川さん。海水浴場とキャンプ場のある根浜海岸で、市からレストハウスの運営を任されたのだ。 被災前の根浜海岸レストハウス夏には漁家レストラン「浜茶屋」を営業し、海辺を訪れる人たちをもてなした。また、加工品の製造販売やイベントへの出店のほか、市が進めるグリーンツーリズムにも参画するように。 漁場見学をガイドしたり、郷土料理の昼食を振る舞ったりなど、女性部は地域の交流事業に欠かせない存在になっていった。 連携の多様性がリスク分散に津波に襲われて傾いた根浜レストハウスしかし10年前の津波は、愛着のあるレストハウスも押し流してしまった。 胸のつぶれるような思いを抱えながらも、女性部は、炊き出しで一歩を踏み出す。その場となったのは、レストハウス近くの旅館の前庭。女将が女性部メンバーで、宿をボランティアの拠点として開放していたのだ。 「まだ水道も電気もない時期。でもイベントなどで屋外での調理は手慣れていたし、物資の調達もメンバーのネットワークで乗り切れました」と、前川さんは振り返る。 その上、心強い助っ人が駆けつけてくれた。 郷土料理研究会でともに活動してきた内陸部の農家女性のグループだ。気心が知れた「山の母さん」たちの救いの手には、張り詰めた気持ちをふっと緩めてくれる効果もあったという。 これまでの活動で漁家と農家が手を携えてきたことは、図らずも災害時のリスク分散になっていたのだ。 食支援活動の様子やがてJF女性部の「海の母さん」は、「山の母さん」たちと一緒に、食の支援活動を始める。 仮設住宅の高齢者に郷土料理を届け、談話室でおしゃべりする会を定期的に開いたのだ。 この活動は3年にわたって続いたという。 「手料理を口にすると、お年寄りも子どもも、本当にいい笑顔を見せてくれるんです。食は心も癒すと痛感しました」と、前川さん。そしてこの活動でさらに自信をつけ、覚悟を新たに次の活動へと進むことになった。 さらに地域を巻き込んだ女性部活動へ写真:NPO法人釜石東部漁協管内復興市民会議そして今、女性部は地元NPOと連携し、活動の幅を広げている。JF釜石東部は市北部の8つの浜からなるが、震災後に復興まちづくりを目的とする「NPO法人釜石東部漁協管内復興市民会議」が誕生。 事務局はJFに置かれ、国の復興支援員制度で移住した若者が事務を担い、運営体制もがっちりしている。 活発なJF女性部の活動は、復興まちづくりの大きな力だ。そこで、NPOは女性部と連携。 加工品の開発と販売、イベントへの出店、親子向けの郷土料理講習会の定期開催など、女性部の活動を支援している。ほかにも、NPOが主催する「漁業の学舎(うみのがっこう)」でのワカメの収穫や加工体験などのガイド、食事提供でも、女性部メンバーは大活躍している。 写真:NPO法人釜石東部漁協管内復興市民会議JF釜石東部の佐々木哲也参事は「10年でようやく復興を果たし、今が本当の出発点です。サケの不漁など漁業が厳しい中、付加価値を生む活動は重要であり、女性たちの明るさと度胸には、希望を感じますね」と、期待を寄せる。 昨年10月、JF釜石東部管内に新たな活動拠点となる「釜石漁師みんなの家」が完成した。 建築家から市に寄贈されたおしゃれな建物で、昨年末には、この施設でホタテの佃煮など6品のギフトセットを作り、全国に送り出すことができた。 震災前に260人だった女性部員は77人に減ったが、連携の輪を広げ、その活動はよりしなやかで強くなっていくようだ。 東北女性部大浦 佳代(おおうら かよ)漁業・農業・環境教育が専門のライター。漁村の文化や地域活性化などをテーマに取材し執筆。とくに漁業体験の面白さにハマり、都市と漁村、生産現場と食卓をつなぐ「都市漁村交流」をライフワークとし、全国の漁業体験や漁村観光の現場を訪ね歩いている。海と漁の体験研究所主宰。著書に『漁師になるには』、『港で働く人たち』、『牧場・農場で働く人たち』(ぺりかん社)、『持続可能な漁村の“交流術”1・2』(東京水産振興会)など。 Facebook:https://ja-jp.facebook.com/kayo.oura.9このライターの記事をもっと読む
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