【特集3.11】第5回「試験操業の現状と販路回復、浜の活性化に向けた取り組み」寄稿:林 薫平

「試験操業」の始まりと苦節

相馬漁港のシラス水揚げ風景

もう9年前になるが、2011年3月の地震・津波と原発事故以後の福島県の沿岸漁業を取り巻く状況は極めて流動的で、手探りの時期が続いていた。

2012年に入り、福島県の漁業者・水産関係者を中心に「福島県地域漁業復興協議会」を組織したところから第一歩が始まった。この協議会では、さまざまなデータや知見を集め、水産庁等とも調整を図りつつ、2012年度以降、魚種や海域や業態を限定した「試験操業」を進めた。

この手法により、部分的な形ではあるが、福島の沿岸部の相馬地区といわき地区に、漁獲した魚の水揚げの風景が、徐々に戻っていったのである。

その初期に当たる2013年から、原発の「汚染水」への根本対応がやっと東電によって開始された。漁業者たちは、その動向を注視しつつ、逡巡や苦渋の中でも粘り強く海洋のデータを精査しながら、漁業復興に向けて魚種・海域・漁獲量の段階的な拡大に努めた。

2014・2015年には、汚染水対策が大きく進展し、海側遮水壁(鋼板)の閉合による陸上と海域の完全遮断という目に見える形に結実した。これで重要な条件が確保できた。福島の沿岸漁業の復興を、自信を持って進めていくには、当面収束しない原発からの海洋環境への汚染影響が遮断されていることが不可欠だったからである。

その後、2016年ごろまでに、海洋や水産物の検査データは大幅に落ち着き、試験操業は伸長を見せた。沿岸漁業の主要な魚種がほぼ水揚げの対象に加わり、操業海域も原発近接の一部を除き全域に展開した。

各漁港の整備も進捗し、水揚げ量は当時まだ従来の1割に満たない水準であったが、沿岸漁業の復興の兆しを告げるような明るいニュースも多く出るようになってきた。春の訪れを知らせるコウナゴ漁の話題や、冬の底引き網漁で、大きなヒラメが揚がって活気づく港の様子などが取り上げられた。

2017年の転機と新たな模索

相馬漁港での水揚げ後の入札風景

そして、2017年度からは、漁港での仲卸業者たちによる入札も本格的に再開された。港での活気を戻していくには、やはり従来の買参権に基づく入札制を導入することが大事で、漁業者たちには価格で手取りが見え、よい魚を競い合って揚げていくことにつながる。

さらに、漁獲対象であるが、政府によって規制されている一部の少数の魚種以外は全て含むこととした。それまでは、安全確保を見極めながら一部魚種のみを対象とする考え方であったが、この時点では、一部魚種を例外として制限し、それ以外は漁獲を全面的・積極的に進めていく方針に転換したのである。

漁獲・水揚げの装備や諸条件が整ってきている一方で、今後は、これまで十分実現できていなかった出荷・販売面を伸ばしていくことが課題になる。

これまでの調査では、東京などの消費地で、徐々に福島県産の水産物が、“産地名付き”で販売先の店頭に出始めている。福島県の漁業者や水産関係者たちが、安全性と情報の透明性に気を配り、品質の確かなものを出荷しようと努力してきたことが、数量限定の現状の中でも徐々に流通先に届き、信頼されてきていることが明らかに分かってきた。

そこで、この兆候をしっかりとらえ、福島県産の水産物の商品の魅力を消費地に再度定着させていくために、量販店と飲食店を2つのターゲットとして、販路の回復・開拓に取り組んでいる。

イオングループの協力により、小売り店舗内に常設した「福島鮮魚便」コーナーでの対面販売や、飲食店・居酒屋向けのこだわり鮮魚卸売サービス「魚ポチ」(うおぽち)を通じて福島県産の新鮮な特徴ある水産物を取り扱ってもらうことなどである。

これからいよいよ正念場を迎える

2019 年12月、いわき市小名浜港で開催された「おさかなフェスティバル」は天候に恵まれ、県内外からの多数の来客が参加した

並行して、産地である福島県では、出荷体制をなるべく早い時期に平常に近い形に戻していくことが求められる。

当面は、消費地の市場等の水産関係者とできるだけ緊密な情報交流をもち、福島県の漁業者と水産関係者が強固な連携をつくって消費地向け出荷量を安定して伸ばしていくことが肝要となる。

その意味で重要な動きとして、相馬地区で、沖合底引き網漁の漁獲量を今年からの5年間で従来の水準の約5割(年間3,000トン水準)に戻す計画を立てたことが特筆できる。これは「がんばる漁業復興支援事業」の認定を受け、実行に取り掛かるところである。

また、同じく復興支援事業に認定されたのが、いわき地区(小名浜地区まき網部会・江名地区さんま棒受網部会)でのサンマ、サバなどの漁獲量の増加とともに、地元の小名浜漁港への水揚げを増やしていく計画である。

大事なことは、漁業者たちが安心して積極的に水揚げを増やすことができる条件を保障し、そこから、水産業全体が足並みをそろえて回復して、地域活性化につながっていくような仕組みをつくることである。

いわき市の観光物産センター「ら・ら・ミュウ」の水産市場には、天日干しのメヒカリなどの冬の恵みが並ぶ

今年は、相馬地区の漁港の直売所(「復興市民市場」)の開設も計画されており、また、いわき地区では、港に密着した鮮魚店を再開して交流の拠点にしていく活動など、新たな動きも出てきている。

こうした取り組みを積み重ね、福島県の地元住民や、福島県沿岸地域を訪れる観光客たちにとって、福島の海を改めて“前浜”として愛着をもってもらうことにつなげていきたいと考える。

踏み出しつつある福島の浜の次の一歩に、期待と応援を寄せていただきたい。

 

寄稿:福島大学食農学類農業経営学コース准教授  林 薫平氏

  • JF全漁連編集部

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