三番瀬ホンビノス貝にイタリア・ワイン 文&写真:吉村喜彦

白い方が、ホンビノス。茶色っぽいのは、ハマグリ

ホンビノスという貝を知ったのは、一昨年の秋。
九州・糸島の牡蠣小屋で浜焼きを食べたときだった。
かたちはハマグリによく似ていたが、貝殻が白かった。食べると、ハマグリよりも身肉がかたく、大衆的なハマグリという感じがした。

訊くと、船橋で採れるという。
へえ。東京湾にそんな貝がいたんだ。ぜんぜん知らなかった。
ぜひ取材をと思い、先日、船橋の漁港を訪ねた。

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船橋の漁港
船橋の漁港

ホンビノスの原産地は、北米大陸の大西洋側。セントローレンス湾からフロリダ半島東岸にかけて。
昔からアメリカでは人気の食材で、チャウダー・クラムとも呼ばれているそうだ。
そういえば、いちどニューヨーク・セントラルステーションの「オイスター・バー」で、名物のクラムチャウダーを食べた。

そうか。ハマグリだとばかり思っていたが、あの貝はホンビノスだったのか。シコシコした食感が印象に残っていた。

ホンビノスが東京湾で見られるようになったのは1998年頃。幕張人工海浜、京浜運河、千葉港、船橋付近と、2000年代アタマに定着が確認された。
どうも、船のバラスト水、あるいは船体に付いてやってきたようだ。
バラスト水というのは、空荷で出港する船に積まれる海水のこと。着いた港で、貨物と交替して、船外に排出される。

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写真:船橋市提供

船橋では、2000年代はじめからホンビノス漁をやっている。
漁場は三番瀬(さんばんぜ)とその周辺。船橋漁港から30分ほどの距離。三番瀬は東京湾湾奥に唯一残された干潟である。

写真:船橋市提供
写真:船橋市提供

青潮でアサリが採れない時期に、ホンビノスがやってきたことも、生産を加速させた。
アサリとホンビノスは同じ干潟に生きているが、棲む場所は微妙に違う。
アサリは浅い砂地、ホンビノスはもう少し深い泥地。だから、食べる前に砂抜きしなくていい。その簡便さもホンビノスのメリットだった。

当初はホンビノスは東京の海にまだ馴染んでいなくて、身が硬かった。
ところが、徐々に柔らかく、美味しくなったという。
もともとホンビノスは殻をかたく閉じているが、日本に来てから、口を開くようになったそうだ。

なんだかホンビノス君は、どんどん日本化してきているのかもしれない。

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ホンビノスの浜焼きを食べた。
醤油も何もたらさずに、ただ網で焼いただけ。ホンビノスは砂抜きせずに食べられるから、調理の手間もかからない。

プリプリッとした身肉を噛んでいると、自然の塩味がじんわり染みだしてくる。まさに、東京の海を味わう感覚だ。

串揚げもなかなかイケる。

しかし、やはり、いちばんは、クラムチャウダー。
クリーミーなスープとホンビノスの食感がじつによく合う。ハマグリではちょっと柔らかいかもしれない。

合わせるワインは、魚介類とのマリアージュに定評のあるイタリアのガヴィ。
シトラス系の香りや蜜のような香り。爽やかで、はつらつとした酸味のある味わい。
太陽の光の下で、ぐいぐい飲むのに適したワインだ。
ガヴィを飲みながら、クラムチャウダーを食べると、ああ、そこは地中海。
ホンビノスの「ビノス」はヴィーナスから取ったそうだ。
まさに東京湾のヴィーナスにめぐりあった気分である。

文&写真:吉村喜彦

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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