コブシメには泡盛「於茂登(おもと)」    文&写真:吉村喜彦

沖縄の島々の多くは、サンゴ礁(リーフ)に囲まれている。
リーフの内側はエメラルドグリーンに輝き、沖縄ではイノー(礁池)とよばれ、外側はマリンブルーの外海だ。
むかしから、イノーは人びとに豊かな恵みを与えてくれた。
アーサー、モズクなどの海藻、タコ、イカ、貝類、アオブダイなどの魚。日本最大の甲イカ=コブシメもそんなイノーにやってくる。

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石垣島の海でコブシメを獲る海人は、漁のやり方をこう説明してくれた。

「サバニに一人で乗り込んで、コブシメがいるところに来ると、海に飛び込むさぁ。
そのサバニに自分の身体をロープで繋いで、舟に引っ張られながら、泳ぐわけ。
舵もとるし、エンジンのクラッチも、何から何までみんな一人でやるよ。
水ん中では、ペラ(スクリュー)が回ってる。アンカーは下ろさないよ。
一度『飛ぶ』と、2時間は舟に乗らん。コブシメを3メートルの銛で突くと、それを舟に揚げて、また水中で獲物を探すんだ」

この漁法は、石垣島ではスンカリヤーと呼ばれる。「スンカル」は八重山の言葉で「引っ張る」という意味だそうだ。
コブシメ漁の季節は12月から4月まで。サンゴの枝が並んだところにあるコブシメの「お家」に卵を産みにやってくる。卵の大きさはウズラの卵くらい。
オスもメスも、産みつけた卵を守るようにして、その「お家」の近くにいるという。
海人はそこを狙って獲るわけだ。

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「獲るときに大事なのは、コブシメの真上に舟を持ってくること。横から銛で突こうとすると逃げられる。『舟の影で押す』とコブシメは動かない。影がはずれると、途端に動き出すからよー。じっとしているコブシメに向かって、一直線に下に潜って突くんだ」
そうつぶやいた海人は、あっという間にコブシメを一匹突いてきた。

銛は両眼の間の脳に刺さり、胴の色は白と黒、真っ二つに分かれている。
「ここを突くと、墨を吐けないさ。墨を吐くときは、よっぽどのとき。ぼくは、あれがコブシメのエネルギーの元だと思うよ。小さいコブシメは墨を吐くと、あんまり泳げなくなって沈んでいくんだよ。だからかね、イカの墨汁は人間を元気にしてくれる。ぼくは墨とバターで下足を炒めたのが、甘くて好きさ」

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コブシメ漁は月と大いに関係がある。
半月のころ、中潮のときが一番よく獲れる。あまり月が大きいとダメだし、月夜は明る過ぎてよくないそうだ。
夜行性のコブシメは深海から餌を求めてイノーに入ってくるが、そのとき大きな魚やウミガメに襲われることが多い。
「新月の暗いころは、コブシメは静かにして黙っているよ。ベターッとしたまま動かん。舟の影が自分の上に来たときに動かんのと、まったく同じさ。
漁は、陰暦6日から10日、18日から23日くらいがいいよ。ぼくらは、夜イノーに入ってきたコブシメを、昼間に獲る。半月の頃、コブシメはいちばん動きがいいし、敵に食べられずにイノーに入ってこられるさ」

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夕方、石垣の新栄漁港に戻り、海人の行きつけの居酒屋で獲ってきたばかりのコブシメを調理してもらった。

刺身にイカ墨炒め、そして墨汁。
コブシメは甘みがあって、ほどよい食感。

地元・石垣島の泡盛「於茂登(おもと)」を合わせた。島にある沖縄県の最高峰・於茂登岳のふもとに湧き出す天然水を仕込みに使った酒だ。
直火で蒸留したこの泡盛の味わいの特徴は、ちょっと「ご飯のおこげ」のような美味しい香りがすること。ウイスキー育ちのぼくは、この焦げっぽさが好きだ。
しかも喉ごしがやわらかく、甘みがある。
コブシメにはぴったりだ。
ぜひ、石垣島に行かれた際は、この於茂登とコブシメのマリアージュをお楽しみいただければ。

文&写真:吉村喜彦

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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