ニッポンさかな酒 江戸っ子大好き、ねぎま鍋 文&写真:吉村喜彦 2023.11.30 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ) 印刷する 先日、久しぶりに「ねぎま鍋」を食べた。 「ねぎま」とは「ねぎ」と「まぐろ」を調理した江戸発祥の食べもの。 江戸時代はもっぱら庶民の味で、当時のちゃんとした料理書にはこの料理の名前は見あたらないそうだが、小説や日記には登場している。 十返舎一九(じっぺんしゃ・いっく)の『東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)』では、静岡の藤枝近くで、ねぎま鍋を食べている。 弥次さんが、 「ねぎまというからには、江戸でするようなものかと思ったら、これは雉子(きじ)焼きを煮たのだな」と言い、 喜多さんが、 「これは昨日のまぐろだ」 と文句を言っている。 この部分が出版されたのが1804年(文化元年)なので、この頃にすでに江戸では「ねぎま鍋」は定着していたのである。 * * * 現代は「トロ」や「中トロ」がもてはやされているが、江戸の頃、まぐろは、さらに、その脂身は下等なものとされていた。 江戸時代後期の百科事典ともいうべき『守貞謾稿(もりさだまんこう)』には、 「まぐろなどは、はなはだ下品にて、町人も表店(おもてだな)住まいの者は食することは恥ずる体(てい)なり」 と記されている。 まぐろはなかなか江戸近海では獲れず、輸送に時間がかかり、脂身も多く、加工が難しかった。 腐りやすいので塩漬けにしたものを長屋暮らしの人たちは食べていたようだ。 まぐろは安い大衆魚の代名詞だったのである。 さて、そんなまぐろの脂身をいかにして美味しく食べるか、江戸っ子は考えた。 美味しいものは知恵から生まれるが、その典型が「ねぎま鍋」。 ねぎとまぐろを一緒に醤油で煮込み、互いの臭みを消し合い、長所を引き立てあう鍋を考えたのだ。 * * * 土鍋に醤油と酒を入れ、ぶつ切りの太い深谷(ふかや)ねぎを入れて火にかける。 煮立ったら、まぐろ(トロ)を入れてサッと煮る。 煮すぎると身がかたくなるので、色が変わったくらいで身を上げる。 まずは、まぐろから食す。 醤油の香味とねぎの甘みが染み通り、とろけて消えるような食感と味わい。まぐろの筋のところが良い具合にコラーゲンたっぷりのとろみを作り出している。 次いで、ねぎ。 醤油と酒と出汁を吸った、これまた甘くとろける味わい。 ポトフに入ったポロねぎのような美味さだ。 ひとくち噛むと、真ん中の一番甘いところがにゅるり。たまらない。 まぐろの魚肉のうまみが、ねぎに浸透していて、動物と植物の恵みを両方いただいているような感じ。 この「ねぎま鍋」。 まぐろが主役かと思っていたら、じつは、ねぎがメインなのだとわかった。 だから、「まねぎ」ではなく「ねぎま」なのだ。 * * * 合わせる酒は、埼玉の「神亀(しんかめ)」手造り純米酒をぬる燗で。 ひとくち飲む。 やわらかい。 盃を重ねる。 まったくべとつかない。 さらさらとしながらも、しっかりと腰がある。 うま味と懐ろの深さを持ちつつ、口の中ですっと上品に消えていく。 じつにキレがいい。 なんという後味の良さ。 しみじみとうまく、やさしい飲み心地。 これは、美味い! こういう酒のような人間になりたい。 いままで飲んだ燗酒のなかで最高だ。 これは醤油味の「ねぎま鍋」にぴったりの酒である。 肌寒い夜、ぜひ、この酒を燗でお薦めしたい。 文&写真:吉村喜彦 酒吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。このライターの記事をもっと読む
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