淀川天然うなぎに赤ワイン

『バー堂島』『ビアボーイ』などの著者、吉村喜彦氏の連載!
今回は大阪「淀川産天然うなぎ」。
淀川で天然うなぎ?!

暑い日にはウマい魚にお酒をあわせて。ニッポンの酒×魚のお話です。(Sakanadia編集部)

淀川天然うなぎに赤ワイン   文&写真:吉村喜彦

淀川で天然うなぎが獲れる、と聞いて驚いた。
教えてくれたのは大阪市漁協の北村英一郎組合長。

「淀川産天然うなぎ」というブランドを仕掛けた人である。
現場を見てみたいと思って、さっそく取材に向かった。

松浦萬治さん

この道65年の漁師、松浦萬治さん(85歳)は、「淀川では、昔から、うなぎ獲れてたよ」と言う。

まったく知らなかった。長柄の堰のあたりに稚魚はうようよいたそうだ。
かつては規制もなく漁業者以外のひともたくさん獲って、小遣い稼ぎをしていたらしい。

松浦さんは言う。
「浜名湖から稚魚を買いに来てたよ。浜名湖のうなぎになって売ってたらしいわ。そやから、味は折り紙付きやってん」

なるほど。そういう考え方もあるのか。
さすが大阪人だと、大阪生まれのぼくは思う。

*   *   *

うなぎは、タンポという竹筒を二、三本束ねた仕掛けで獲る。
夜に「寝床」=タンポに入ってきたうなぎを、朝、引き上げるのである。

淀川の船だまり

船だまりは淀川河口から4キロ。
阪神本線の鉄橋すぐ近くの、淀川右岸にある。
電車がごうごうと音たてて橋を渡っていく。その横には高速道路のコンクリート橋が並走している。
このあたり、海の水と川の水が混じりあう汽水区域で、潮の干満の影響を受けるエリアである。

漁は4月から10月まで。資源管理の観点からも仕掛けの数と漁獲期間は決められているそうだ。
タンポは300本、川底に沈められている。エビやカニが入り込み、それを狙って、夜の間にうなぎが来るという。
「淀川のうなぎは餌に不自由せえへんねん。ええもん食うてるよ。そやから美味しいねん」

*    *    *

松浦さんは獲ったうなぎを活け間に入れて、食べたものを出させ、大阪市漁協ではそのうなぎを1週間ほど畜養する。淀川産天然うなぎはいまや人気が高く、なかなか店で食べられないという。

そんななか、ありがたいことに、漁協に紹介してもらった北新地の日本料理「味菜」でうなぎコースを食べさせてもらった。

まずは、白焼き。
「味菜(あじさい)」の大将・坂本晋(さかもとすすむ)さんが愛を込めて丁寧に焼いてくれる。

「味菜」の大将・坂本晋さん

──淀川うなぎの特徴って何ですか?

「焼き上がりがいいんですよ。皮がパリッとしてて、中身がふわっとしてるんですわ」

──たこ焼きの法則ですね。

「ほんま、ほんま。川を降りてきたやつは、底の潮水のところに3カ月くらいいてるらしいです。それから産卵に向かうんで、そのときにぬめりを貯える。そうすると、焼き上がりがさっぱりします」

──海に産卵にいく寸前のやつがいいんですか?

「そうです。秋口になったら、たいがい卵もってますわ」

──大きさはどのくらいのがいいんですか?

「ぼくは1キロ近くのが好きです。1mくらいあります。宇治川とか加茂川から降りてきたやつ。今日のは300グラム。白いところが脂です。秋になると、もっと白くなる。包丁が脂で止まるんですよ」

白焼きをおろし醤油と山葵(わさび)でいただく。すっきりとした脂は、あっという間に舌の上で溶けて消える。灘の名酒、菊正宗のぬる燗を、きゅっ。辛口の日本酒と白焼きは抜群の相性だ。

続いて、蒲焼き。
こんがりと焼かれた、たれのにおいがたまらない。何を合わせようか。

と、ボルドーのリーズナブルな赤がある。
これは、どうだろう?

蒲焼きをひとくち食べ、バロン・ド・レスタックをクイッ。

おっ。イケる。

蒲焼きの香ばしさと甘味のある醤油ベースのたれに、果実味豊かな赤ワインが合っている。
赤の中でもさっぱりとした風味。清涼感があり、背筋がのびている。
シンプルでソリッド。少々スパイシーな感じが、うなぎに良いのではないか。

これは、想定外のマリアージュだ。

大将がカウンターの向こうから、でしょ、とにっこり微笑んでくれる。
ちなみに、この赤ワインの品種は、メルロとカベルネ・ソーヴィニヨンである。

その後、「う巻」「うざく」をいただき、最後に「鰻茶」——。

う巻き
うざく
鰻茶

あっと言う間の至福のひととき。

見るからに脂の乗っていたうなぎだが、食べ終わると、さらっと美味しかった記憶しか残っていない。
まるで、『不思議の国のアリス』のチェシャ猫の笑いのよう。

美味しいもの、一流のものは、すべて押しつけがましくない。
そのことをあらためて、淀川うなぎを食べて思った。

文&写真:吉村喜彦

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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