スモークサーモンに、アクアヴィット

『バー堂島』『ビアボーイ』などの著者、吉村喜彦氏の連載!
今回の「酒とさかな」は、スモークサーモンとアクアヴィット。心地よい秋の空の下で爽やかなひとときを。

スモークサーモンに、アクアヴィット       文&写真:吉村喜彦

アクアヴィットというお酒がある。
ジャガイモを主原料とした蒸留酒で、デンマーク、スウェーデン、ノルウェーなどの北欧とドイツでつくられている。

アクアヴィットという名前は、ラテン語の「aqua vitae (アクアヴィテ)=生命の水」に由来する。
無色透明。ハーブで香りづけしたジャガイモ焼酎といったところだろうか。その歴史は、15世紀頃(日本の室町時代)にさかのぼるそうだ。

デンマークに取材に行き、その地で飲んだアクアヴィットの味が忘れられない。

季節はちょうど9月の半ば。
北欧はすでに秋色が濃く、透きとおった青空が広がっていた。
そして、いつも風が渡っていた。
というのも、デンマークにはこれといった山がなく、ほとんど平坦な土地(最高地点は標高171メートル)だからだという。

雲の流れは早く、その姿がとても美しい。

街を歩いていて、ふと見上げると、ビルの屋上で旗が凛々しくはためいている。旗はこうあるべきだというふうな理想的なすがた。颯爽として、カッコイイのだ。

写真:JF全漁連

レストランのテラス席で、淡い陽光を浴びながら、スモークサーモンをおつまみに、アクアヴィットをゆるゆると飲む。
ボトルごとキンキンに冷やしたデンマーク産の「オールボー」。グラスに注ぐと、びっしりと白い霜がつく。その姿に、ごくりとのどが鳴る。
オールボーは微かにキャラウエイの香りがして、スモークサーモンとは抜群に相性がよかった。

*    *    *

過日、青森県の深浦でサーモン養殖の取材をした。
澄みきって清々しい空が広がっていて、デンマークとよく似ていると思った。同じような環境では育つものも似てくるのかもしれない。
深浦のサーモンはみずみずしく、食べるというよりも飲むという感じがして、ことのほか美味しかった。とても上品な味わいだった。

深浦の空。千畳敷海岸

そんなきれいな青空を思いながら、秋の休日、ベランダに出てスモークサーモンのサンドイッチを食べる。横には、オールボー。
サーモンを食べて、アクアヴィットをくいっ。
すっきりとした爽やかな香りが、秋風のようにさらりと舌を洗ってくれ、なんだか心身ともにきれいになるようだ。
ちなみにアルコール度数は40度。でも、そんな感じがまったくしない。それが不思議。

北欧では、アクアヴィットを飲んだ後には、チェイサーでビールを飲む。これが美味しい。爽やかが倍加する。できれば、デンマーク生まれのカールスバーグがぴったり。

じつは、サントリーがビール事業に進出するときに参考にしたのが、デンマーク・タイプのビールだった。
さらりと喉ごしがよく、キレのある、クリアな味わい。何杯でも飲みたくなる、爽やかなビールだ。

*    *    *

キンキンに冷やさずとも、オールボーが美味しかった経験がある。
ユトランド半島最先端の砂州でむかえた夜明け。海は北海とバルト海の両方向からくる潮がぶつかって、かなり波立っていた。
海鳥たちは大きな羽音をたて、魚を求めて海にダイビングしていた。

その勇壮な姿を眺めながら、波しぶきを浴びつつ、デンマーク人の友人と、ボトルごとオールボーを飲んだ。
朴訥だけれどハードなジャガイモのスピリッツ(たましい)に、ほろ苦い塩気がきいて、絶妙な味がした。

冷えたからだに暖を入れる、まさに火酒。
生命の水といわれる由縁だと思った。

 

文&写真:吉村喜彦

 

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  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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