シェリーとタパス 文&写真:吉村喜彦

先日、久しぶりに中目黒にある、シェリー酒の店に行った。

十年以上前、かなり飲んだあと、二軒目にお邪魔したのだが、
そのとき飲んだシェリーのすっきりとした味わいが忘れがたかった。

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店は駅裏の下町っぽい所に、ひっそりとある。
表扉は開けっぱなし。
天井は高いが、照明はそれほど明るくない。
そんな風情が、スペインのバルに紛れ込んだようで心地いい。

シェリーは、カウンターに立つオーナーが選りすぐったもの。
客の好みに合わせて、味の説明をしてくれながら、スッと出してくれる。

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シェリーというのは、スペイン南部アンダルシア、
ヘレス・デ・ラ・フロンテーラ(ジブラルタル海峡の近く)で生まれるワインのこと。

ワインといっても、ちょっと変わった造り方をする。
普通のワインは、葡萄を絞って、果汁を発酵させるのだが、
シェリーは発酵途中に、ブランデーを注ぎ入れ、発酵をストップさせて造られる。
アルコール度数が少し高めになるので、
酒精強化ワインと呼ばれる。

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スペインでは、タコやイカ、イワシ、マグロ、ウナギなど、魚介もよく食べられる。
イタリアもそうだけれど、ラテン系の人たちはシーフードが好きだ。
パエリアなどは米も入っているし、
日本人はスペイン料理とけっこう相性がいい。

今回、シェリー酒に合わせたのは、
まずは、イワシの酢漬け(マリネ)。
スペインのバルで定番のタパス(小皿料理)である。

青魚の生臭さはまったくない。
ビネガー、オリーブオイル、ニンニクに漬け込まれたイワシの身はさっぱり。
爽やかな味わいだ。
添えられたケッパーとともに食すと、酸味と苦みが口のなかに広がる。

そうして、「パル・コルタド」というシェリー酒を合わせる。
グラスからは微かにヘーゼルナッツの香りが立ちあがる。
きらきら輝くような琥珀色が美しい。
辛口でバランスのとれた味わいは、繊細優美である。
しかし、ともすれば魚臭くなるイワシの強さに拮抗するボディがある。

「パル・コルタド」。
これは美味い。覚えておこう。

きわめて上品なウイスキーの上澄みを、
するっと飲んでいるような気分になる。

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次に、合わせたシーフードは「ヤリイカのアヒージョ」。
アヒージョとは、オリーブオイルとニンニクで食材を煮込んだスペイン料理のこと。

この皿には、「マンサニージャ」というシェリー酒。
マンサニージャは辛口。
液体の色は、淡い麦わら色。シャープでデリケートな香りがする。
海辺の町で熟成されるので、潮風の影響をうけて、ほんの少し塩辛さが感じられる。

このソルティな感じが、ヤリイカのアヒージョにぴったりなのだ。
後味もすっきりしていて、オリーブオイルをさらっと流してくれる。

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ドライなシェリーは、辛口の日本酒とよく似ている。
こんどは、知りあいの蕎麦屋に頼みこんで、芝海老の天ぷらでシェリーを傾けよう。

食前、食中、食後。
すべてのオケージョンに対応できるシェリーは、万能酒といっていい。

文&写真:吉村喜彦

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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