青ヶ島の魚で、青酎を                 文&写真:吉村喜彦

 昨秋、はじめて伊豆大島を訪ねて以来、伊豆諸島が気になっていたら、
 ちょうど西新宿にある「青ヶ島屋」というお店を教えてもらった。

 東京メトロ西新宿駅を出て、お寺や墓地の横を通ってぶらぶら歩いていくと、
 ブートレッグ(海賊版)を売るレコード屋さん(CDよりもレコードが主体)がかなり目につく。

 しかもレゲエのレコード屋さんなどがある。
 じつにイイ感じのエリアだ。
 自然と足どりが軽くなる。
 駅を出て7分ほどでお店に着いた。

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 「青ヶ島屋」のウリは、ほかではなかなか入手できない青ヶ島の酒を楽しめること。
 また青ヶ島に限らず伊豆諸島、小笠原諸島の新鮮な魚や野菜をつかった料理も評判だ。

 酒といえば「青酎(あおちゅう)」。
 自然酵母を使い、独特の風味を生む幻の焼酎である。

 お店のメニューには10種類。すべて麦こうじから生まれる芋焼酎だ。
 島の人口は172人。
 そんな小さな地域に10人の杜氏がいるという。
 人口一人あたりの杜氏率は、たぶん日本一ではないか。

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 店主の菊池栄春(きくちえいしゅん)さんによると、
 青酎は飲んでいく順番が大事なのだそうだ。

 まずは『明日葉(あしたば)のツナマヨ和え』に『青酎池の沢』の前割りを合わせた。

 明日葉も青ヶ島産。爽やかな苦みに合うのは、
 菊池清さん(店主の同級生の叔父)がつくる青酎。アルコール度数35度。

 店に10種類ある青酎はすべてボトルは同じシェイプだが、ラベルが違い、
 それぞれ誰某(だれそれ)さんの青酎と呼ばれて区別されている。

 蒸留器は島に一つだけあり、それを共用しているが、造り手の個性が酒に如実にあらわれる。
 いかにも酒が生まれた原風景をとどめているようでいい。

 菊池清さんの「池の沢」はもっとも有名な島酒だが、
 度数が高いので前割り(あらかじめ甕の中で3日間水となじませる)で飲むのがお薦めだという。
 池の沢の前割りを飲む。
 とてもスムーズな飲み口だ。

 以前飲んだ青酎がけっこうきつかったので、この柔らかさは意外だった。
 最初に土っぽい香りが立ち、その後、みどりの香りが追いかけてくる。
 フィニッシュは柑橘系の甘酸っぱい味がする。
 明日葉の苦みと青っぽさにぴったりだ。

 青酎は原料のサツマイモ、こうじ用の大麦、麹菌などすべてが青ヶ島産。
 焙った大麦をオオタニワタリの葉っぱに載せ、麹菌を繁殖させるそうだ。

 青酎のあおい香りにはオオタニワタリの葉が染みこんでいるような気がして、
 大きなみどりの葉が南風にゆらゆら揺れる姿が浮かんでくる。

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 「島唐辛子のなめろう」には白身魚(メダイ)と唐辛子が混ぜられている。

 店主の叔父=菊池正さんの造った「青酎・三年古酒」をオン・ザ・ロックで合わせる。
 やさしい芋の香りとおだやかな酸がいい。
 キレも良く、ピリ辛のなめろうとじつに良く合う。

 「ムロアジのメンチカツ」には広江末博さんの30度。

 末博さんの青酎は最初から柑橘系の香りがくる。
 これまた先の二つの酒とはぜんぜん違う。甘酸っぱい味と香りが特徴。
 フィニッシュは胸のすくようなエステル香。時間が経つにつれて、香りがどんどん変わっていく。

 締めは島寿司。

 これには広江順子さん(店主の同級生の母)の青酎。

 なかなか複雑な味と香りだ。
 醤油漬けにした白身魚(この日はブリ)に練り辛子を添えて握った島寿司。
 その少し甘めの味わいに順子さんの酒はぴったりだった。

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 青酎は、妻が漁に出た夫のために庭先で造っていた手製の酒に由来するという。
 いまもその伝統が引き継がれ、杜氏によって味も香りもまったく違う。
 いわば、それぞれの家の味である。

 青酎は個性や差異を味わう酒。
 まさに青ヶ島の文化そのものが青酎なのだと、あらためて思った。

 文&写真:吉村喜彦

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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