近江の酒にホンモロコ  文&写真:吉村喜彦

近江のおだやかな風光が好きだ。
その土地から生まれる日本酒も、
押しつけがましくなく、やさしい。

そんな近江の酒造りに触れたくて、桜の季節、
4つの酒蔵を訪ねる旅に出た。

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まず、最初は、五箇荘(ごかしょう)にある中澤酒造。

五箇荘は近江商人の発祥地の一つといわれる土地だ。
銘柄は中澤酒造の「一博(かずひろ)」。

2000年に祖父の代で休業した中澤一洋(かずひろ)さんが、
近くの畑酒造で修業をし、
2015年に自らの蔵での酒造りを復活させた。

ていねいな仕事が息づく、素晴らしい酒だ。

次は近江鉄道・太郎坊宮前駅ちかくにある、
中澤一洋さんが修業をした畑酒造。
主要銘柄は「大治郎」。

「ひとの顔が見える酒造り」がコンセプト。
しっかりと骨のとおった酒は、酸を中心に、
うまみがギュッと凝縮された、濃醇な味わい。

つづいて、琵琶湖大橋をわたった湖西の堅田(かたた)、浪乃音酒造。
杜氏の中井均さんにお目にかかった。

創業は1805年。
 
こだわりは「上品な甘味」。
 
すっきりとキレのある中で甘味を出すのが浪乃音流。
理念は「古壷新酒(ここしんしゅ)」。

俳人・高浜虚子の造語で、
「伝統を守りながら新しいことに挑戦する」という意味だという。

最後に訪ねたのは、大津の商店街のなかにある平井商店。

創業1658年。
平井将太郎さん、弘子さんご夫妻が醸す酒。
銘柄は「浅茅生(あさぢを)」。
浅茅生とは、背の低い茅が生い茂る場所のこと。

米の品種の違いによる味の違いをテイスティングさせてもらった。
「食べながら飲んでいたら、いつのまにかなくなっているお酒」
を目指しているそうだが、
味わいや香りはとても柔らかく、
まさに近江の酒という感じだった。

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さて。
そんな近江の酒に合わせたのは、ホンモロコの焼きもの。

ホンモロコは琵琶湖の固有種で、
「コイ科の魚でもっとも美味しい」とされている。

高級魚として、京都の料亭でも珍重されてきた。
淡泊な白身で、この焼きものは、大嘗祭(だいじょうさい)にも献上される近江のシンボリックな魚だ。

焼きものをひとくち頬ばる。

と、上品で香りたかい脂が、ふっと口中に染みでる。
そこに、「一博(かずひろ)」をクイッ。

みずうみの淡い空をうつした酒が、さらさらと舌を洗う。

ふたくち目には、昼間みた近江八幡の桜が眼前にうかんできた。

桜は、現世と来世の境に咲く花か──。

ひょいと傍らの赤こんにゃくをつまむ。

ふわりと酔いつつ、能舞台の橋がかりを歩むような心持ちになっていく。

ああ、一夜、近江のひとになりにけり。

文&写真:吉村喜彦

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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