ニッポンさかな酒 近江の酒にホンモロコ 文&写真:吉村喜彦 2025.5.16 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ) 印刷する 近江のおだやかな風光が好きだ。 その土地から生まれる日本酒も、 押しつけがましくなく、やさしい。 そんな近江の酒造りに触れたくて、桜の季節、 4つの酒蔵を訪ねる旅に出た。 * * * まず、最初は、五箇荘(ごかしょう)にある中澤酒造。 五箇荘は近江商人の発祥地の一つといわれる土地だ。 銘柄は中澤酒造の「一博(かずひろ)」。 2000年に祖父の代で休業した中澤一洋(かずひろ)さんが、 近くの畑酒造で修業をし、 2015年に自らの蔵での酒造りを復活させた。 ていねいな仕事が息づく、素晴らしい酒だ。 次は近江鉄道・太郎坊宮前駅ちかくにある、 中澤一洋さんが修業をした畑酒造。 主要銘柄は「大治郎」。 「ひとの顔が見える酒造り」がコンセプト。 しっかりと骨のとおった酒は、酸を中心に、 うまみがギュッと凝縮された、濃醇な味わい。 つづいて、琵琶湖大橋をわたった湖西の堅田(かたた)、浪乃音酒造。 杜氏の中井均さんにお目にかかった。 創業は1805年。 こだわりは「上品な甘味」。 すっきりとキレのある中で甘味を出すのが浪乃音流。 理念は「古壷新酒(ここしんしゅ)」。 俳人・高浜虚子の造語で、 「伝統を守りながら新しいことに挑戦する」という意味だという。 最後に訪ねたのは、大津の商店街のなかにある平井商店。 創業1658年。 平井将太郎さん、弘子さんご夫妻が醸す酒。 銘柄は「浅茅生(あさぢを)」。 浅茅生とは、背の低い茅が生い茂る場所のこと。 米の品種の違いによる味の違いをテイスティングさせてもらった。 「食べながら飲んでいたら、いつのまにかなくなっているお酒」 を目指しているそうだが、 味わいや香りはとても柔らかく、 まさに近江の酒という感じだった。 * * * さて。 そんな近江の酒に合わせたのは、ホンモロコの焼きもの。 ホンモロコは琵琶湖の固有種で、 「コイ科の魚でもっとも美味しい」とされている。 高級魚として、京都の料亭でも珍重されてきた。 淡泊な白身で、この焼きものは、大嘗祭(だいじょうさい)にも献上される近江のシンボリックな魚だ。 焼きものをひとくち頬ばる。 と、上品で香りたかい脂が、ふっと口中に染みでる。 そこに、「一博(かずひろ)」をクイッ。 みずうみの淡い空をうつした酒が、さらさらと舌を洗う。 ふたくち目には、昼間みた近江八幡の桜が眼前にうかんできた。 桜は、現世と来世の境に咲く花か──。 ひょいと傍らの赤こんにゃくをつまむ。 ふわりと酔いつつ、能舞台の橋がかりを歩むような心持ちになっていく。 ああ、一夜、近江のひとになりにけり。 文&写真:吉村喜彦 酒近畿吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。このライターの記事をもっと読む
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