ニッポンさかな酒 春はヴォンゴレ 文&写真:吉村喜彦 2023.5.11 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ) 印刷する 春は貝の季節。 子どもの頃、家が大阪湾に近かった。 まだ臨海工業地帯として埋め立てもされていず、白砂青松の浜が広がっていた。 春になると、その浜で獲ってきたアサリを味噌汁にして、よく飲んだものだった。 アサリはサハリン、北海道から九州、朝鮮半島、中国大陸沿岸に分布し、 潮間帯中部から水深10mの砂礫泥底に生息するそうだ。 近年はアサリの漁獲が全国的に激減し、絶滅危惧種になる可能性もある危機的状況ともいわれている。 かつてはどこの浜にもあった何てことのないアサリが、いまや貴重な貝になっていると聞くと、 なんともやるせない心地になる。 * * * さて、そのアサリ。 和食なら酒蒸し。 洋食ならヴォンゴレのスパゲティだ。 ヴォンゴレはイタリア語でvongole(単数形はvongola)。 アサリやハマグリなどの仲間の二枚貝をさす。 ヴォンゴレはロッソ(赤=トマトソース)もあるが、やはりビアンコ(白)が好きだ。 ニンニクとイタリアン・パセリの風味がきいた、白ワインとオリーブオイルでつくるシンプルな料理。 アサリの身はふっくらやわらか。うま味がしっかり残り、貝のエキスを吸ったパスタがまた美味しい。 ヴォンゴレは春の海を感じる一品だ。 * * * 毎年この季節になると、青山のプーリア料理「リストランテ・コルテジーア」でヴォンゴレ・ビアンコを食べる。 プーリアは南イタリアの、地図でいえば「かかと」にあたるエリア。 海岸線は800㎞に及ぶという。 十年ほど前にはじめて訪れ、南の明るい海とワイン、オリーブの美味しさにすっかりとりこになってしまった。 イタリアの海辺はほどよい湿気と透明な光が射している。 「なるほどイタリアの青は、こういう光から生まれるのだ」と納得できる空気だ。 海のいろが違う。 空の気配が違う。 水のけしきが違う。 胸の底深くまで染みとおるような、透きとおったブルーに移ろいゆく夕暮れどきが、ことにいい。 外のテーブルで白ワインを飲みながら食すヴォンゴレは忘れがたい。 もちろんワインはプーリア産。 値段もリーズナブルで、しかも「おれがおれが」という妙な主張をしない。 おのれの分をわきまえ、ヴォンゴレを影から支える ―― その姿勢が好きだ。 すっきりとした味わいだが、酸味と果実味がしっかりあって、コクがある。 コストパフォーマンスがひじょうに高い。 もともとヴォンゴレは南イタリアで生まれた料理だそうだ。 アサリが生まれ育った海の味が、プーリアの白ワインで引き立つのは、当然かもしれない。 大好きなプーリアの港町・ガリポリで、夕映えを見ながら、また魚介を食べられる日を夢みている。 文&写真:吉村喜彦 酒吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。このライターの記事をもっと読む
江戸前寿司には、江戸の酒 文&写真:吉村喜彦 いちばん好きな寿司屋はどこか、と訊かれれば、 ためらわず「弁天山美家古(べんてんやまみやこ)寿司 」とこたえる。 店は、浅草寺の近く。 創業は1866年(慶応2年)。 江戸前寿司の始祖・華2025.9.18ニッポンさかな酒吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)
やさしきは、小豆島『バー堂島』『ビアボーイ』などの著者、吉村喜彦氏の連載! 今回は夏の小豆島。ブランド魚の「島鱧」を地酒とともに。 今夜は必ず日本酒が飲みたくなる、ニッポンの酒×魚のお話です。(Sakanadia編集部2020.7.21ニッポンさかな酒吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)
ポルトガルのみどりのワイン 文&写真:吉村喜彦ポルトガルは大航海時代の先駆けとなった国。日本とも関わりは深い。 鉄砲は1543年に種子島に漂着したポルトガル人から伝えられたし、織田信長の時代には南蛮貿易で交流を深めた。 ポルトガル語は日本に最も早2021.1.13ニッポンさかな酒吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)
カニカマに本麒麟 文&写真:吉村喜彦カニカマが好きだ。 カニよりずっと好きかもしれない。 カニは身をとるのがメンドーだ。 殻の中を見つめ、押し黙ってホジホジする己(おのれ)の姿が、どうにもいじましい。 おまえ、そこまでしてカニを食いたい2025.3.27ニッポンさかな酒吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)
江戸っ子大好き、ねぎま鍋 文&写真:吉村喜彦先日、久しぶりに「ねぎま鍋」を食べた。 「ねぎま」とは「ねぎ」と「まぐろ」を調理した江戸発祥の食べもの。 江戸時代はもっぱら庶民の味で、当時のちゃんとした料理書にはこの料理の名前は見あたらないそうだが2023.11.30ニッポンさかな酒吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)
秋刀魚、苦いか塩っぱいか 文&写真:吉村喜彦「秋にとれる刀のような形をした魚」から秋刀魚という表記は生まれたようだ。 しかし、夏目漱石はサンマのことを「三馬」と書いている。 秋刀魚と書かれ始めたのは、大正時代からではないかというのが定説だ。2023.10.26ニッポンさかな酒吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)