ユメカサゴと上越の酒  文&写真:吉村喜彦

上越市高田にはじめて行った。
江戸時代に高田藩の城下町として栄えたところで、
すぐ近くの春日山はぼくの大好きな上杉謙信の本拠地だった。

すこし北に行った日本海に面した直江津はかつて親鸞が配流された土地だ。
森鴎外の『山椒大夫』の舞台にもなった。
学生時代(45年も前になるが)、信州を抜けて金沢に向かうとき、
直江津で北陸本線に乗り換えたことがある。
直江津駅に着く前に、抜けるような青空の下、
どこまでも広がる黄金色の稲田が見えたときの感動は忘れられない。

さて。そんな上越地方への旅。
高田の居酒屋「軍ちゃん」では、日本海の新鮮な魚をたくさん扱っていた。
酒どころ新潟の名酒、ことに上越の酒の品ぞろいも素晴らしかった。

まずは日本海の魚の刺身盛り合わせ。
タラ、メバル、マトウダイ、真鯛、カガミダイ、カンパチなどが勢揃い。
直江津から糸魚川に向かう海沿いのまち=長浜の酒・能鷹(特別本醸造)をあわせた。

すっきり辛口。
するすると喉に入ってくる水のような酒に、
日本海の水で育った魚たちがぴったりだ。
たださらさらしているのではなく、うまみも感じる。好きな酒だ。
   *    *    *

続いて、甘鯛の塩焼きに「本格辛口・越後おやじ」(本醸造)。

妙高山の雪解け水(超軟水)を汲み上げて仕込んでいるという。
こちらも「おやじ」というだけあってかなりの辛口。
「故郷のおやじ。その心のあたたかさを、ふところの深さを、酒に醸し上げました」
とラベルに書いてある。
軍ちゃんでサーブしてくれるおじさんがまさに「越後おやじ」だ。

甘鯛のふんわりと柔らかい甘さを塩がひきたて、かつ、「越後おやじ」の男のやさしさが似合っている。
しかし、甘鯛というのは、あんなのほほんとした顔つきなのに、どうしてこんなに美味しいのだろう。
いつも不思議に思う。
関西ではグジと呼ばれ、大阪の実家でもよく食べたものだった。
     *    *    *

妙高市の「君の井 越乃酔鬼 越後辛口」(本醸造)もいい。

飲み飽きしない酒だ。冷やから熱燗まで楽しめる。
こちらはアンコウの肝に合わせた。

軍ちゃんの越後おやじが
「ほかではなかなか食べられない魚です」
と言って薦めてくれたのが、ユメカサゴ。

まず名前がいい。夢幻のさかなのよう。
さっそく煮つけをお願いする。

と、出てきた魚はちょっとアカムツ(ノドグロ)に似た、それより小ぶりの赤い魚。
大きくなっても30cmほどだという。

成長が遅く、30cmなら10歳以上だそうだ。
大陸棚に棲んでいて、ふつうは大きくなるにつれて深場に移動する。
通常150~200mに多く、砂泥底でエビやカニ、イカなどを食べているそうだ。

素晴らしい味わいだ。
白身の肉はほどよく身が締まり、淡泊だが上品な脂がのってほんのり甘みがある。
越後おやじが選んでくれたのは、「かたふね」純米吟醸。

上越の酒にはめずらしく、ほんのりした甘口だが、
これがまた、ユメカサゴの煮付けに見事に合うのだ。
食すほどに無口になり、
「夢のような酒食の世界は、言葉の要らない宇宙なんだ」
と、あらためて思い至った。
 
文&写真:吉村喜彦

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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