ギネスとフィッシュ&チップス     文&写真:吉村喜彦

アイルランドのギネス・ビールが好きだ。
あの真っ黒な液体を見るだけで、飲みたくなる。
ギネスは、1759年ダブリンの醸造所で誕生した。
日本でいえば、寛政の改革で有名な松平定信が生まれた年である。

ローストした大麦をつかい、上面発酵で醸造されたギネスの味は濃厚。苦みと酸味が強い。
グラスに注いだとき、きめ細かくクリーミーな泡が底のほうから煙のように湧き上がる。
注ぎ終わってから泡が落ち着くまで、すこし待つ。
これをギネスではサージングと呼ぶ。

ギネス社では「待つひとには、良いことが来る」と言い、
「1パイントのギネスを完璧に注ぐには、119.53秒を要す」
と待つことの重要性を高らかにうたっている。
この2分弱があの美味しいギネスをつくりあげるのである。

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ギネスに合う食べものは、なんといってもフィッシュ&チップス。
タラやカレイ、オヒョウなど白身魚のフライに、フライドポテトを添えたもので、
19世紀半ばにイギリスで生まれた料理。

イギリスでは酢(モルト・ビネガー)と塩をかけて食べる。
テイクアウトが多いが、パブ(現地ではポブと発音される)でもよく食べられる。

労働者階級の食べもので、テイクアウトのとき、
むかしは新聞紙に包んで出されていたが、
げんざいは衛生面の問題もあり、ふつうの紙に包まれている。

そういえば、ぼくの生まれた大阪でも、
1950年代~60年代、お好み焼きは新聞紙に包まれて出されていたことを思い出す。
フィッシュ&チップスは高級紙「タイムズ」よりも大衆紙「ザ・サン」で包まれたものの方が美味い、
とも言われていたようだが、たしかにそうだろう。
大阪のお好み焼きは、文化住宅の1階でおばちゃんが焼いてくれたものを新聞紙に包んで食べるのが一番おいしい。
それと同じことだ。

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ロンドンのポブでは皿に載って出されたフィッシュ&チップス。
ダブリンでは、聖パトリック大聖堂近くの店(アイリッシュのバンド、U2のメンバーが行きつけ)
でテイクアウトし、大聖堂の庭で食した。

『ガリバー旅行記』の作者ジョナサン・スウィフトはこの大聖堂で主席主祭をつとめ、
いまはこの地に眠っている。

スウィフトの生きている時代には、まだフィッシュ&チップスはなかった。
白身魚のフライにビネガーをたっぷりかけて食べながらギネスを飲んだら、厭世的で変わり者だったスウィフトはどんな感想を言っただろう。

そんなことを思いつつ、つめたい風に吹かれて庭で食べるフィッシュ&チップスは、また乙なものだった。

文&写真:吉村喜彦

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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