白魚の春の空   文&写真:吉村喜彦

桑名市の赤須賀漁港

まだ春浅きころ。
とれたての白魚(しらうお)を食べた。
ところは桑名。※
木曽川・長良川・揖斐川の大きな三つの河口域である。

 

木曽川・長良川・揖斐川の河口域
漁港で白魚を選別する漁師たち
透きとおった身体の白魚

白魚はシラウオ科の回遊魚。大きくなっても体長10センチほど。
汽水域周辺に生息する半透明の細長い小魚だ。

生の白魚

体は細長いが、頭から尾に向かって太くなり、尾びれの前でふたたび細くなる。

生きていると半透明で背骨や内臓が透けて見えるが、死ぬと白く濁った色になる。
目は小さく口は大きい。
透きとおった身体とこの胡麻のような目が白魚のシンボルのような気がする。
口に入れると、蕎麦や素麺を食べたときのようなするっとした食感があり、一噛みすると、ほのかな苦みが口のなかに広がる。
それは、フキノトウやワラビ、ゼンマイなど春の野草と通いあう爽やかな苦みだ。

*    *    *

江戸時代、隅田川の白魚漁は早春の風物詩だったそうだ。
いまでは考えられないが、それほど隅田川の水は清らかだったのだろう。

『守貞謾稿(もりさだまんこう)』という江戸時代後記(1837年)の百科事典には、「白魚は江戸隅田川の名物とす。細かき網をもってすくひとる。夜は篝(かがり)してこれを漁(すなど)る」としるされている。

早春、産卵のために隅田川にのぼってきた白魚を、夜、篝火(かがりび)をたいて集め、四つ手網(よつであみ)などでとったそうだ。
『魚鑑(うおかがみ)』という江戸時代(1831年)の本では白魚について、

「備前平江(岡山市を流れる旭川河口部の平井の間違いか)、伊勢桑名に多し。武蔵角田川および中川のものも桑名の種といへども、水美なれば魚もまた美なり。諺(ことわざ)にいふ、氏よりそだちなるべし」

と書かれている。

なんと、隅田川の白魚の種は、伊勢桑名のものだったというのである。
また、隅田川と中川の水が美しいから、桑名の白魚よりも江戸の方がいいという意味のことが述べられている。「氏より育ち」などと完璧な身びいきの叙述には、笑ってしまうが、とにかく、桑名の白魚と江戸の白魚は関連性があったのかもしれない。
一説には、白魚が大好物だった徳川家康が、桑名の白魚を隅田川に放したともいわれている。
スマートな体つきといい、あっさりとした味わいといい、いかにも江戸っ子好みの魚であることは確かだ。

*    *    *

まずはそのまま何もつけずに口に入れる。
ほのかな塩味がいい。
二つの目の苦みが口中に凛々しい風をよぶ。
醤油とワサビをつけてもいいが、白魚そのもの、つまり春を味わうには、何もつけないのがお薦めだ。

 

白魚の釜茹で
ふっくらと卵でとじた「しらうお丼」

合わせるお酒は、三重の酒「作(ざく) 奏乃智(かなでのとも)」

三重の酒「作(ざく) 奏乃智(かなでのとも)」

こちらは初めて飲んだが、なんという美味しさだろう。
精米歩合50%。メロンのような甘やかな香り。
しかし酸もしっかりあって、キレがいい。
シャープな後味が素晴らしい。
淡々としたなかにも、酒としての生き方をしっかり持っている。
白魚の透きとおった真っ直ぐな生き方に通じているようだ。

桑名には上馬(あげうま)というクラフトビールもあったので、それも合わせた。
ドイツ直輸入の有機無農薬麦芽100%で、養老山系の天然水で仕込んだオーガニック・ビール。

クラフトビール「上馬(あげうま)」

自然なビタースイートと白魚の苦みは、いいマリアージュだ。

*    *    *

白魚の黒目の二粒ずつあはれ  福永耕二

白魚の水より淡く掬はるる   田畑美穂女

水揚げされるとすぐ死んでしまう白魚のはかなさは、日本人の美意識にかなっているのかもしれない。
いのちのかなしさを見る春。
空と海をながめ、白魚の味を深くかみしめる。

 

文&写真:吉村喜彦

※編集部注釈
桑名=三重県桑名市

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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