日生(ひなせ)・カキの旅  文&写真:吉村喜彦

岡山県の南東端にある備前市日生(ひなせ)町。
昔から「ひなせ千軒漁師町」と呼ばれるほど漁業が盛んな土地である。
車で町に近づくと、道沿いにぽつぽつとお好み焼き屋さんを見かけるようになる。
カキの入ったお好み焼き「カキオコ」は、いまや、日生のご当地グルメとして全国的に有名だ。
「日生かき」というブランドをもつ日生町漁協の水揚げの90%は養殖カキである。

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また、日生を有名にしているのは、地域全体として漁業に取り組むそのスタンスだろう。
島々に囲まれた閉鎖的な海で、生態系に配慮した持続可能な漁業を考え、実践している。
なにより先鞭をつけたのは、漁師全体で取り組むアマモ場の再生事業である。

始めたのは1985年。
以後、36年にわたって地道に活動を続け、いまではアマモ場再生のモデル地区になった。
アマモ場が再生することで、カキの生産も安定し、プラスの循環になっているそうだ。

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そんな日生で食べるカキの味は、また、各別。
まずは、漁協近くのお好み焼き屋さんで、カキオコとカキ串焼き(醤油と塩胡椒)を食べた。

カキオコ
カキ串焼き

大阪生まれのぼくはお好み焼きが大好きだが、東京で食べると、いつも「……」となる。しかし、こちらのカキオコは素晴らしい。
なんというか、大阪焼きと広島焼きのイイとこ取りをして、しかもプリプリっとした新鮮なカキが入っている。

これは美味しい!

キャベツも小さく刻んであって、食感が抜群だ。
このカキオコ。
小さなカキや傷ついたカキ(要するに、売れないカキ)を漁師が持ち帰り、お好み焼きに入れて食べたのが始まりだそう。
そうか。もともと岡山には「お好み焼き文化」が根づいていて、そのステージにカキ君が上がって、脚光を浴びたというわけなのだ。

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夕食は宿近くの居酒屋で、いよいよ殻付きの蒸しガキをいただく。

酒は「備前幻(びぜんまぼろし)」。
岡山県の幻の酒米・雄町(おまち)をつかった純米吟醸である。

蒸されたカキはミルクのような味わいで、ほのかな甘みと爽やかな苦みがある。
まるで瀬戸内を吹くそよ風のようだ。
白くてやわらかな身は蒸されても、たっぷりとした大きさのまま。縮んでいないのがうれしい。
かすかに甘く、すっきりとした後味の備前幻は、日生のカキと相性抜群である。

カキ以外に、瀬戸内の鯛のあら煮が素晴らしい。食べるうちに、自然に顔がほころんでいく。甘辛い味つけが、これまた備前幻に合う。

やさしいさざ波の音を聞きながら、日生のしあわせな夜は更けていくのだった。

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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