奄美の貝に黒糖焼酎       文&写真:吉村喜彦

奄美大島・北西部にある喜瀬(きせ)集落。
前浜には大きな干潟が広がっている。
春、大潮の干潮時に、その干潟を柊田謙夫(ふきだけんお)さんファミリーと潮干狩りをしたことがある。
雲一つない青空。
風が心地いい。
湿気の多い奄美には珍しく、からっとしている。
堤防を越えると、沖まで干上がった渚があった。

柊田さんは長靴を履き、作業用の服とズボン。タオルで顔を覆うようにして、右手には竹の杖。
左手にはトンボ——野球グラウンドを整備するときに使うTの字の棒。
腰には竹籠を下げている。
竹の杖で石ころの多いところをコンコン叩くと、貝が驚いて潮を吹くそうだ。
左手のトンボで干潟をならしていくと、じわっと水が染み出てくるポイントが見つかる。
そこも貝の居場所だという。

*    *    *

「いた、いた!」
声がする方を見ると、柊田さんが両手で干潟を掘り返している。
何やら太めのモヤシみたいなのが見える。
「ミドリシャミセンガイです」
20センチほど掘って、貝を取り出した。

少々グロテスクだ……。
「トンボで引いて、干潟に三つ穴が見えたら、この貝です。
こんな色と形ですけど、コリコリして美味しいんですよ」
と柊田さん。
ミドリシャミセンガイは貝類(軟体動物門)ではなく、腕足動物門という別のジャンルに入る。
カンブリア紀にあらわれて、古生代に栄え、「生きた化石」といわれる貴重な貝。
煮付けや塩ゆで、味噌汁などで食べられるそうだ。

*    *    *

シャバシャバという音をたてて潮が満ちてきている。
そのスピードは驚くほど速い。
浅瀬に足を踏み入れると、小さなハゼの群れが四方八方に逃げていった。

トンボを引いていると、いきなりピュッと潮が噴き上がった。
掘り出すと、貝殻の噛み合わせの所がきれいにギザギザになっている。

「殻が瓦で葺いたようになっているから、カワラガイ。
干潟に二つ小さな穴が開いているんです。
刺さるようにして頭をちょこっと突き出しているのはタイラギ」
と柊田さんが教えてくれる。

干潟は生きものの宝庫だ。
「マガギガイ、タケノコガイ、マクラガイ、…ワタリガニもいるし、2月から3月のまだ寒い頃はアオサのみどりもきれいです。
アオサは天ぷらや鶏のスープが美味しくてね。テナガエビは潮が引いていくときが一番」
陽光に手をかざして、柊田さんが言う。

*    *    *

柊田さんのお宅で湯がいたカワラガイを食べさせていただく。

朱色に見えるのがメスだそうだ。
塩気があってコリコリ。
採ったばかりなので、砂を噛んでいるけれど、味は深みがあって甘い。
「奄美の喜瀬に来んと、このカワラガイは食べれんよー」
と柊田さん。
マガキガイもたくさん湯がいてくださった。
口に入れるとプリプリとした食感と濃厚な旨味が広がる。
ワタがまた滋味深い。止まらなくなるほど美味しい。
味噌に砂糖を入れて、マガキガイの身を合わせてもイケるそうだ。
「貝には、やっぱり、これだね」
柊田さんがドンとボトルを置いた。

奄美特産の黒糖焼酎だ。
南国の光と風から生まれた、甘くてほろ苦い酒。
「宴会になると、歌と踊りさ。三線と太鼓が欠かせないよ」

座敷の上座には黒糖焼酎の甕がどんと据えられている。

文&写真:吉村喜彦

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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