ニッポンさかな酒 奄美の貝に黒糖焼酎 文&写真:吉村喜彦 2024.10.31 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ) 印刷する 奄美大島・北西部にある喜瀬(きせ)集落。 前浜には大きな干潟が広がっている。 春、大潮の干潮時に、その干潟を柊田謙夫(ふきだけんお)さんファミリーと潮干狩りをしたことがある。 雲一つない青空。 風が心地いい。 湿気の多い奄美には珍しく、からっとしている。 堤防を越えると、沖まで干上がった渚があった。 柊田さんは長靴を履き、作業用の服とズボン。タオルで顔を覆うようにして、右手には竹の杖。 左手にはトンボ——野球グラウンドを整備するときに使うTの字の棒。 腰には竹籠を下げている。 竹の杖で石ころの多いところをコンコン叩くと、貝が驚いて潮を吹くそうだ。 左手のトンボで干潟をならしていくと、じわっと水が染み出てくるポイントが見つかる。 そこも貝の居場所だという。 * * * 「いた、いた!」 声がする方を見ると、柊田さんが両手で干潟を掘り返している。 何やら太めのモヤシみたいなのが見える。 「ミドリシャミセンガイです」 20センチほど掘って、貝を取り出した。 少々グロテスクだ……。 「トンボで引いて、干潟に三つ穴が見えたら、この貝です。 こんな色と形ですけど、コリコリして美味しいんですよ」 と柊田さん。 ミドリシャミセンガイは貝類(軟体動物門)ではなく、腕足動物門という別のジャンルに入る。 カンブリア紀にあらわれて、古生代に栄え、「生きた化石」といわれる貴重な貝。 煮付けや塩ゆで、味噌汁などで食べられるそうだ。 * * * シャバシャバという音をたてて潮が満ちてきている。 そのスピードは驚くほど速い。 浅瀬に足を踏み入れると、小さなハゼの群れが四方八方に逃げていった。 トンボを引いていると、いきなりピュッと潮が噴き上がった。 掘り出すと、貝殻の噛み合わせの所がきれいにギザギザになっている。 「殻が瓦で葺いたようになっているから、カワラガイ。 干潟に二つ小さな穴が開いているんです。 刺さるようにして頭をちょこっと突き出しているのはタイラギ」 と柊田さんが教えてくれる。 干潟は生きものの宝庫だ。 「マガギガイ、タケノコガイ、マクラガイ、…ワタリガニもいるし、2月から3月のまだ寒い頃はアオサのみどりもきれいです。 アオサは天ぷらや鶏のスープが美味しくてね。テナガエビは潮が引いていくときが一番」 陽光に手をかざして、柊田さんが言う。 * * * 柊田さんのお宅で湯がいたカワラガイを食べさせていただく。 朱色に見えるのがメスだそうだ。 塩気があってコリコリ。 採ったばかりなので、砂を噛んでいるけれど、味は深みがあって甘い。 「奄美の喜瀬に来んと、このカワラガイは食べれんよー」 と柊田さん。 マガキガイもたくさん湯がいてくださった。 口に入れるとプリプリとした食感と濃厚な旨味が広がる。 ワタがまた滋味深い。止まらなくなるほど美味しい。 味噌に砂糖を入れて、マガキガイの身を合わせてもイケるそうだ。 「貝には、やっぱり、これだね」 柊田さんがドンとボトルを置いた。 奄美特産の黒糖焼酎だ。 南国の光と風から生まれた、甘くてほろ苦い酒。 「宴会になると、歌と踊りさ。三線と太鼓が欠かせないよ」 座敷の上座には黒糖焼酎の甕がどんと据えられている。 文&写真:吉村喜彦 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。このライターの記事をもっと読む
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