「秋刀魚、苦いか塩っぱいか」              文&写真:吉村喜彦

「秋にとれる刀のような形をした魚」から秋刀魚という表記は生まれたようだ。
しかし、夏目漱石はサンマのことを「三馬」と書いている。
秋刀魚と書かれ始めたのは、大正時代からではないかというのが定説だ。

江戸後期の辞典『俚言集覧(りげんしゅうらん)』(文化文政年間1804〜1830年)には、
「三馬、魚の名。さよりに似たり。塩漬けにして江戸に送る」
と記されている。
松平定信の改革で有名な寛政年間(1789~1801年)には、房州サンマが江戸に送られ、塩蔵や干ものとして庶民の食卓をにぎわせていた。

たしかに1960年代大阪で過ごしたぼくの少年時代も、食卓に上がるサンマは「開き」や「みりん干し」が多く、生のサンマはあまり食べなかった記憶がある。

*    *    *

サンマの塩焼きは、秋の味覚の代表。
やはり開きよりもぼくは好きだ
カボスやスダチを搾り、醤油をかけ、大根おろしを添えて食す──。
ああ、書いているだけで唾液が分泌する。

じつは、サンマははらわたが一番美味しいのではないかと最近やっと思うようになった。
まだ若い頃は、はらわたの色といい味といい、ちょっと箸はつけても、はっきり言って苦手だった。
しかし、しかし。このはらわたの苦みがいい。
苦手から苦みへの移行なのである。

思えば、味覚はまずは「甘み」からはじまり、やがて大人になるにつれて、「苦み」が理解できるようになる。味覚の「深化」である。

たとえば春の山菜、フキノトウ、タラの芽。ゴーヤー。ホヤ。蟹みそ。そしてサンマのはらわた。
飲みものならコーヒーやビール。もっと苦いのはアンゴスチュラ・ビターズというリキュール。ときおりマティーニに2滴ほど入る。

苦みは清冽な小川の水のように、舌を洗ってくれる。たましいが浄化されるようにも感じる。

*    *   *

過日。そんな秋刀魚の塩焼きを行きつけの店で食べた。
合わせた酒は、まずは山形県長井の純米酒「惣邑(そうむら)」ひやおろし。

酵母も米山形県産を使っている。
きれいな酒でありながら、深いうま味もある。
ふんわりとした口あたりで軽い苦みがあり、秋刀魚のはらわたによく合う。

次いで合わせたのは新潟県村上の「〆張鶴(しめはりつる)」特別本醸造をぬる燗で。

上品で細やかな口あたり。
淡麗辛口のすっきりした味わいが、秋刀魚の脂をまるで泡雪のようにすーっと拭い去っていく。

窓の外には虫のすだく声。
気分は鬼平、はたまた梅安か。
「秋刀魚、苦いか塩っぱいか」
と詩人・佐藤春夫はうたったが、
秋の夜長は、じつに大人のひとときである。

文&写真:吉村喜彦

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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