小柴のアナゴに、柴乃港  文&写真:吉村喜彦

寿司ネタで江戸前のアナゴといえば、「小柴」。
その港は、八景島シーパラダイスのすぐ近くにある。

いや、これは逆。歴史的には小柴の港の先の埋立地にシーパラダイスができたというのが正しい。 

アナゴ漁師の齋田芳之さんに話を聞くと、
1970年代初頭まで港のすぐ前には大きく海が広がっていたという。

シャコもたくさん獲れたし、何年生きたかわからないほど大きなアイナメも釣れた。
ほんのすぐ目の前に豊かな海が広がっていたのだ。

*    *    *

東京湾のアナゴのほとんどは「アナゴ筒漁」といわれる漁法で獲られる。
塩化ビニール製の筒を海に投入。その中にアナゴを誘い込む方法である。

筒の両端にはカエシと呼ばれる円錐状のゴム板が取りつけられている。
筒の中に餌(カタクチイワシ)を入れると、アナゴは餌の匂いに惹かれて筒の中ににゅるりと入り込む。
そして、いったん入り込むと筒からは出られない仕掛けである。

筒漁はアナゴに傷やストレスを与えない優しい漁法。
だから獲ったアナゴの味は良く、市場でもとくに評価が高い。
漁師の齋田さんの話によると、アナゴは性格がやさしくて仲が良いそうだ。
みんなで一緒にいるのが好き。だから筒に入ってもストレスがたまらないのだという。
アナゴ筒漁とは、やさしい魚へのやさしい漁法なのである。

*    *    *

小柴の獲れたてアナゴを白焼きと天ぷら、煮アナゴでいただいた。

まずは何もつけずに白焼きを食べる。
ひとくち頬ばると、ほのかに甘い。
品よく脂がのっている。
香ばしいかおりが口の中いっぱいにふわりと広がった。
アナゴのうま味がぎゅっと凝縮されている。とても上品で優しい味。ほのかなお焦げも香ばしい。

漁師の齋田さんは言う。
「小柴のアナゴの顔はとても優しいんですよ。
魚の顔や身体に美味しさは出ますからね。
姿かたちがきれいだと、その魚は美味しい。
人間と同じで、味わいは外ににじみ出るんです」
 
優しい味わいのアナゴを食べると、
なんだか自分まで優しくなるような気がしてくる。

続いて、天ぷらを食べる。
身肉はとても厚いのに、ふわっふわっ。
食べた瞬間、アナゴの身はすーっと消えて、美味しさの記憶だけが残っている。
箸で持てないくらいやわらかく煮込まれた煮アナゴは、
やわらかな滋味と醤油・味醂のたれが相俟って、まろやかで深みのある味わいをかもしだす。

合わせる酒は、「柴乃港」。

小柴のお酒屋さんで売っている酒だそうだが、味わいはさらりと淡麗。
ほのかな甘みがあって、やわらかい。
まさにアナゴにぴったり。ことに煮アナゴに合う。

と、齋田さんが、「おれはこうするね」と言って、
煮アナゴの入ったお茶碗に緑茶を注ぎ、「アナゴ茶漬け」にした。さらさらとかき込みはじめる。

お、これは美味そうだ。
おもわず、ぼくもつられて、半分食べた煮アナゴの茶碗にお茶を注いだのだった。

文&写真:吉村喜彦

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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