ニッポンさかな酒 若鮎に近江の酒「喜楽長」 文&写真:吉村喜彦 2024.7.18 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ) 印刷する 梅雨どきになると、京都に行きたくなる。 しっとりと雨に濡れるみどりのなかを、東山に沿って歩くのがいい。 なにより好きなのは、京都で食べる鮎である。 十年前のこの季節、学生時代に下宿していた銀閣寺道(ぎんかくじみち)近くにある、割烹「中善(なかぜん)」を知った。 そこで食べた若鮎の味が忘れられない。 あじさいのこの季節。 鮎を食べ、心と身体をみどりに染めるため、京都に向かうのだ。 東京からクルマで休憩を入れて7時間半。 高速道路を疾駆しながら、あたまの中は、鮎のことでいっぱいになっている。 * * * 「中善」で食す鮎は小ぶりである。 北大路魯山人(きたおおじろさんじん)が 鮎は三、四寸くらいのもの、と書いているが、まさにその大きさ。 鮎は香魚とも言う。 元気はつらつな鮎に鼻を近づけると、どこか胡瓜のようなみどりの香りがする。 これがまたこの時節の雨に似合っている。 そして姿もいい。 鮎は水が清く流れの急な川で育つと、より姿が凛々しくなるという。 鮎は、一匹一匹口をひらかれ、頭のほうをやや下にして焼き上げられる。 こうすると、脂が鰓(えら)から口を通って落ち、すっきりとした味になる。 ぱらりと塩をかけて焼き上げられた鮎は、皿の上ですっくと立っている。 これを箸でつまみ上げ、頭のほうから食す。 天稟(てんぴん)の香気、ほのかな苦みはどうだ。 淡く上品な甘みが苦みと手をたずさえてやって来る。 まるで日の光が射すなか、細かい雨の降る日照雨(そばえ)のように、涼やかな気配。 やはり、鮎ははらわた。 きれいな苦みが、梅雨の晴れ間のような清涼の気を送ってくる。 * * * この鮎は安曇川(あどがわ)で獲れたものだという。 ならば、合わせる酒は近江の酒、喜楽長(きらくちょう)辛口純米酒。 軽やかなそよ風のようなこの酒をまずはぬる燗で。次いで、冷やで。 近江米と鈴鹿山系の伏流水で仕込まれたこの酒が、舌を洗ってくれる。 キレが良いのに、優しくやわらかな味わい。 いっけん相対立するものが共存する。 まさに、日があるのに雨が降る「日照雨」の酒。 おとなの味わいというものは、こういうビタースイートの包摂にあるのだと、洛東で鮎を味わいながら思った。 京の梅雨は、奥深い。 文&写真:吉村喜彦 酒近畿吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。このライターの記事をもっと読む
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