「くさやには大島の酒『御神火(ごじんか)』」        文&写真:吉村喜彦

 伊豆諸島の「さかな」と言えば、くさや。
 大島はその発祥地の一つといわれる。
 先日、はじめて大島に行き、波浮(はぶ)港周辺に、くさやの製造所が集まっていることを知った。

 波浮港といえば、都はるみの名歌「アンコ椿は恋の花」で有名なあの港である。
 島に三軒あるくさや屋さんの一つ、「くさやの小宮山」を営む小宮山正(こみやまただし)さんに話をうかがった。

 どうしてくさや工場はこの辺りに集まっているんですか?
 「かつて波浮港は遠洋漁業の中継港として賑わっていました。漁船もたくさん停泊して、水揚げも多かった。港の南20㎞にある大室(おおむろ)ダシに魚がいっぱい集まってきていたんです。で、自然とそこにくさや工場ができていったわけです」

 くさや製造は三日がかり。魚はムロアジやアオムロを使うことが多いそうだ。
 一日目はムロアジの内臓を取ってさばき、二日目は、さばいたムロアジを水で洗い、くさや液にひと晩漬けて、三日目に完成する。
 くさや液の一滴は血の一滴と言われるくらい大切にされ、地下タンクに貯蔵されている。漬けこみのときにパイプで地上まで汲み上げられるそうだ。
 「地下は温度が低く、一定していますからね。外気にさらしていると、くさや液の品質が変わってしまいます。ちょっと舐めてみますか?」
 指先にくさや液をつけて、テイスティング。
 と、まったく塩辛くない。意外に、くさくもない。まろやかなうま味を感じる。
 「塩分濃度6%。しょっぱくないでしょ? ふつうの干物が18%くらい。くさや液の濃度は薄いんです。島によって濃度はちょっとずつ違うみたいですが」

               *    *    *
 江戸時代、大島は田畑が少なく、人々は年貢を塩で納めていたそうだ。
 塩と魚が大島の産物だったが、釣った魚は塩漬けの干物にして江戸に運んでいた。
 冬の大島は風が強く、漁に出られない日々が続く。もともと島の人たちは夏にたくさん獲ったムロアジを塩水に浸し、天日で干して保存食としていた。
 ところが塩は貴重品である。節約しなければならない。干物にするにも、ふんだんに使うわけにはいかない。
 島人たちは干物に使うたいせつな塩水を捨てずに、繰りかえし使い続けた。
 そうしてできた干物は腐ったような臭いになったが、食べてみると、あら不思議、うま味があってとても美味しかった。

 魚についていた微生物やエキスが塩水に溶けこみ、発酵熟成して、干物のうま味を増していたのである。
 この使い続けた塩水が、くさや液になり、くさやが誕生したという。
 また、雨が多く、冬は暖かく夏は涼しい大島の気候がくさや作りにぴったりだった。
 くさや菌が繁殖するには温暖多雨な環境は最適なのだ。
 「くさやを素手で扱っていると、切り傷なんかすぐ治ります。ぜったいに化膿しません。くさや液の微生物が、ほかの菌を寄せ付けないんでしょうね」
 そう言って小宮山さんが見せてくれた手は、すべすべだった。

               *    *    *
 そんなくさやに合わせるには、島唯一の酒造所=谷口酒造のつくる「御神火(ごじんか)が一番だ。
 谷口酒造三代目の谷口英久(えいきゅう)さんが、ひとりで仕込み・蒸留・瓶詰めまでの製造をする、まさに酒造りの原点のような焼酎(麦も芋もある)だ。 
 

 谷口さんは、仕込みの際、モーツアルトのレクイエムをもろみに聞かせているという。
 そのせいか、香りが透きとおっていて、驚くほど、きれいな酒だ。アフターテイストも素晴らしい。
 

 サツマイモをベースにした大らかな甘みに、麦の繊細さがあわさった、癖になる味わい。クセになる大島のくさやには、この焼酎はぴったりだ。
 口のなかで、くさやの重いパンチのきいた複雑な香味をかみしめながら、「御神火」のお湯割りをひとくち。 

 すると、三原山の山裾に立ち込めた霧が晴れていくような爽快感とともに、小春日のようなあたたかさが、心身に訪れる。
 まさに、島の幸せに酔えるマリアージュ。
 ぜひ、ぜひ、お試しあれ。

文&写真:吉村喜彦

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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