ニッポンさかな酒 青空には、ビンタン・ビール 文&写真:吉村喜彦 2021.5.10 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ) 印刷する 雲仙市南串山町に漁師の竹下千代太さん(56)を訪ねた。 千代太さんは中型巻き網船団の(株)天洋丸を率いている。 漁師三代目の千代太さんは、東京水産大学を出た後、サラリーマンとなり、2001年に南串山町にもどってきた。 竹下千代太さん(右から3番目)、技能実習生、筆者巻き網船団はチームプレイの仕事だ。 しかし、乗り手が不足している。 なので、千代太さんはインドネシアからの技能実習生4名(うち1名は特定技能)に働いてもらっている。 インドネシア青年4名は、いずれも水産高校を卒業。漁業の基礎知識もあり、仕事をてきぱきこなし、とても有能だ。 千代太さんは、かれらが地域のひとたちともっと親しくなってもらおうと、インドネシア料理の研究会をつくり、町の夏まつりに出店。若者たちはステージで「雲仙市のうた」を歌い、美声を披露。人気を呼んだ。 地元の中高生も研究会の活動を手伝い、インドネシアの若者への親しみは増した。 やがて全国青年・女性漁業者交流大会に出場。みごと水産庁長官賞を獲得。 その余勢をかって、町でインドネシア料理教室を開催。地域のひとは、インドネシア料理が、家で手軽においしく作れることを知って大喜び。 そうして、実習生たちは一躍まちの人気者になった──。 これは、ぜひ、南串山でインドネシア青年漁師の料理を食べてみたい。 そう思ったのである。 * * * 左から、アグン君(20歳)、フェリ君(23歳)、ムサフィウル君(20歳)、アディー君(21歳)4人のリーダーはフェリ君。23才、日本に来て4年目だ。 ほかに、アディー(21歳、3年目)、ムサフィウル(20歳、3年目)、アグン(20歳、2年目)。 全員ジャワ島出身のムスリムなので、千代太さんは従業員寮のなかに祈りの場をつくった。 「漁師のつくった肉料理。ぜひ食べてみてください」 フェリが言う。 4人は片道1時間半かけてわざわざ長崎市内まで、インドネシアの食材を買いに行ってくれたのだという。 作ってくれた料理のひとつは、パダン料理(スマトラ島中部の料理)の「ルンダン」。 牛肉をココナッツミルクとさまざなハーブ、スパイスで煮込んだもの。カレーのようにご飯にかけて食べる。 いちど、バリ島のパダン料理レストランで食べたことがあったが、フェリたちの作ってくれたルンダンはそのとき以上の美味しさだ。 辛い料理だが、単に辛いだけでなく、ハーブとスパイスが味に深みと複雑さをつくりだしている。素晴らしい味のハーモニーだ。 ご飯もインドネシア風にあっさりと炊きあげてくれた。 そのことを言うと、 「でしょ?」 フェリが白い歯を見せた。 デザートは「コラック」。 「インドネシアのぜんざいです」 こんどはアディーがこたえる。 上品で淡泊な甘さは、やめられない止まらない。ココナッツミルクの香りがやさしい。使っている豆は緑豆だろうか。 断食明けに食べるそうだが、たしかに「断食明け」にぴったりだろう。 このやさしさは、インドネシアのひとのやさしさに通じているように思えた。 * * * 合わせるお酒は、ビンタン・ビール。 インドネシアでいちばん人気のビールだ。 ぼくは、バリ島が好きで15回以上通ったが、はじめてバリに行って以来、ビンタン・ビールの美味しさにハマった。 インドネシアではジョッキを冷凍庫でキンキンに冷やし、そこに生のビンタンを注いでくれた。 ビンタンとは、インドネシア語で、「星」のこと。ラベルに赤い「星」がついている。 味わいはスッキリとして、苦みが少なく、ごくごく飲めるタイプ。みどりのボトルといい、味といい、ハイネケンに似ている。 というのも、インドネシアがオランダの植民地だった時代、ハイネケンがビールを製造していて、独立後、その工場で作りはじめたのがビンタンだそうだ。 蒸し暑いバリ島やインドネシアで、この味がとてもフィットする。 フェリたちの作ってくれたルンダンは、いわばスマトラのカレー。 ビールが合わないはずがない。 ことに、このビンタンのさらっとした味わいがぴったり。 ビンタンには青空がよく似合うのだ。 みなさんも、この夏、ぜひ。 文&写真:吉村喜彦 【新刊情報】 吉村喜彦さんの新刊小説がこのほど発売されました! 題 名:『炭酸ボーイ』 著 者:吉村喜彦 文 庫:288ページ 出版社:角川文庫 発売日:2021年4月23日 ≪爽快度100パーセント! スカッとさわやか、大人の“再生物語”≫ 宮古島で突如湧き出した天然炭酸水。商品化にあたり宣伝広報を担うことになった真田事務所の涼太たちは、プレミアム戦略を採り、「ミヤコ炭酸水」をヒット商品に成長させた。ところが販売元のグループ会社がこの希少な水に目をつけ、採水地近くにリゾート施設の建設を計画。自然豊かで神高い土地に降って湧いた話は、村を巻きこんだ大騒動に。「大切なもの」を守るため立ち上がった〈チーム真田〉は、この計画を阻止できるか!? 出版社公式サイトより▶https://www.kadokawa.co.jp/product/321811000170/ 酒吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。このライターの記事をもっと読む
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