ニッポンさかな酒 逗子の、爽やかキャベツウニ 文&写真:吉村喜彦 2021.7.15 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ) 印刷する 小坪漁港梅雨の晴れ間の一日。 逗子市の小坪漁協に、キャベツウニの取材に行った。 キャベツウニとは、キャベツを餌として、陸上養殖をしたウニのことである。 鎌倉から逗子のまちに入ると、空気が一変する。光の量が増えて、空気がやわらかくなったような気がする。 逗子マリーナの丈高い椰子並木逗子マリーナの丈高い椰子並木を通り、小坪漁港に着く。 その一角でキャベツウニは養殖されているのだ。 * * * 小坪漁協のキャベツウニキャベツウニの養殖は3月から6月末までの三カ月間。 昨年、初出荷をして好評を博し、今年は養殖の個体数も増やしたという。 ウニの種類は、ムラサキウニ。 春。海で採ってきたウニを水槽に入れ、できるだけウニ一個一個にキャベツを与えるようにと、丹精込めて育てている。 小坪(に限らず相模湾一帯)はこの10年ほど、磯焼けがひどいそうだ。 温暖化によって、南の魚アイゴが居すわり、海藻を食べてしまう。 そうすると海藻を食べるウニの中身は、空っぽになっている。 漁師たちはそんなウニを駆除してきたのだが、いくらやっても徒労感がぬぐいきれなかった。陸に揚げたウニの利用価値はなかったのだ。 そんなとき、神奈川県水産技術センターから、キャベツを餌にしてウニの養殖をすると、身入りもいい美味しいものになるという情報を得た。 小坪漁協では、新しい取り組みに意欲的な漁師が多く、さっそく2020年の春から養殖をスタート。 それがメディアにもたびたび取り上げられ、小坪のキャベツウニは有名になっていった。 * * * 小坪のキャベツウニは、甘くて、磯くさくない。ウニをキャベツで育てると、甘みのもと=グリシンが増え、苦みのもと=バリンが減ると神奈川県水産技術センターは発表している。 いったいどんな味なんだろう? 話を聞けば聞くほど、食べたくなってくる。 2日連続の水揚げを終えた翌日。 漁師の座間太一さんが逗子駅近くでやっているトラットリア「ラ・ヴェルデ」で、ウニのスパゲティを食べさせてもらうことになった。 座間さんは調理学校卒業後、イタリアで8年修業をして帰ってきた。 自分の好きな魚は自分で獲りたいと逗子の漁師になったそうだ。 そういう好奇心と行動力、人柄のあかるさが、じつはプロジェクトを前進させる大きなパワーになっている。座間さんはキャベツ・ウニ作戦の中心的人物である。 * * * 南イタリア・プーリアの白ワイン「ロコロトンド」と「キャベツウニのスパゲティ」「ラ・ヴェルデ」は逗子駅から歩いてすぐのところにある。逗子インターからも車で10分弱。 広くて明るい店内は、まるで南イタリアの海辺にいるようだ。 しばし、待って、「キャベツウニのスパゲティ」(2500円)がドーンと登場。 ニンニク、アンチョビー、鷹の爪、そして、たっぷりのオリーブオイルのみ。じつにシンプルな一品だ。 お皿からは、美味しそうなニンニクの香りがふわーっと漂ってくる。 ひとくち頬ばる。 ウニがスパゲティにとろっと絡まり、厚みのあるうま味と上品な甘さが口いっぱいにひろがった。 はじめ重厚に感じた味わいは、たちまちすっと一変し、おだやかな光の射す海の風景が広がる。軽やかな風のような甘みになった。苦みやえぐみ、磯臭さはまったくない。 「いままでウニが苦手だったひとも食べてくださるんですよ」 座間さんが微笑む。 合わせたワインは、南イタリア・長靴のかかと=プーリア地方の白ワイン「ロコロトンド」。 9年前、プーリアのリストランテにてイタリアで食べた、ヨーロッパ・ムラサキウニ9年前にいちどプーリアに行ったことがある。ちょうどウニの解禁日で、浜辺のリストランテで食べたのだった。ヨーロッパ・ムラサキウニというのだろうか、ひじょうに入り身が少なくて驚いた。だから、みんな何個も何個も味わっていた。 ロコロトンドの液体は、透きとおった麦わら色に輝いている。 スパゲティのあとに、ひとくち。 柑橘系のフルーツのような香りとともに、 爽やかな酸味が舌をそよがせる。 ウニのクリームがさっと洗われ、心地よい海の香りがほのかに立った。 小坪の海のあかるい陽光が、ふたたび身体によみがえってくる。 キャベツウニの成功は、小坪のひとたちの大らかで開放的な人柄が、きっと導いたものにちがいない。 ウニを食べながら、あらためて、そう思った。 文&写真:吉村喜彦 漁協(JF)酒漁師吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。このライターの記事をもっと読む
秋田・酒さかな旅 文&写真:吉村喜彦先日、秋田の新政酒造にお邪魔した。 すべて秋田県産米を使用し、手間ひまのかかる「生酛(きもと)造り」、昔ながらの木桶で発酵させている。 江戸時代を彷彿させる酒造り。 そこから生まれるクリエイティブな商2021.11.25ニッポンさかな酒吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)
四倉ホッキ貝と磐城壽 文&写真:吉村喜彦、写真:いわき市漁業協同組合(一部提供) 福島県いわき市は、ホッキ貝の名産地だと最近知った。 太平洋に面した四倉(よつくら)漁港で揚がるホッキ貝は絶品なのだという。 四倉では戦前から戦後にかけてホッキ貝漁が盛んにおこなわれていたそうだが2023.6.29ニッポンさかな酒吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)
澄みきった秋の空気に 文&写真:吉村喜彦仙台に行くと、必ずお邪魔するバーがある。 国分町・稲荷小路にある「ル・バール・カワゴエ」である。 * * * 階段を上って、ガラスの扉をあける。 仄暗い照明のなか、漆黒のバーカウンターが見2020.10.29ニッポンさかな酒吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)
深川で冷や酒 文&写真:吉村喜彦 川と海のそばで生まれ育ったせいか、水のにおいのする町が好きだ。 東京では、かつて縦横に水路が巡らされていた深川が身体にしっくりくる。 猛暑の一日。 その深川・高橋(たかばし)に遊んだ。 東京2023.8.17ニッポンさかな酒吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)
ユメカサゴと上越の酒 文&写真:吉村喜彦上越市高田にはじめて行った。 江戸時代に高田藩の城下町として栄えたところで、 すぐ近くの春日山はぼくの大好きな上杉謙信の本拠地だった。2022.11.24ニッポンさかな酒吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)
青ヶ島の魚で、青酎を 文&写真:吉村喜彦 昨秋、はじめて伊豆大島を訪ねて以来、伊豆諸島が気になっていたら、 ちょうど西新宿にある「青ヶ島屋」というお店を教えてもらった。 東京メトロ西新宿駅を出て、お寺や墓地の横を通ってぶらぶら歩いていく2023.3.23ニッポンさかな酒吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)