秋田・酒さかな旅  文&写真:吉村喜彦

先日、秋田の新政酒造にお邪魔した。
すべて秋田県産米を使用し、手間ひまのかかる「生酛(きもと)造り」、昔ながらの木桶で発酵させている。
江戸時代を彷彿させる酒造り。
そこから生まれるクリエイティブな商品は、まさに「温故知新」。日本酒の世界に新しい風を巻き起こしている。

山あいにある鵜養(うやしない)という村にも案内してもらった。この地で新政の原料となる米を無農薬で栽培しているという。

すずやかな清流の音が聞こえ、色づいた木の葉が舞う、桃源郷のような土地だった。

*    *    *

その夜。会食会で「涅槃亀(にるがめ)」というお酒を飲んだ。

精米歩合88%。液体はほのかな黄金色をしている。この精米歩合は、江戸時代の最高精米歩合だそうだ。
新政の酒は爽やかな酸味に特徴があるが、この涅槃亀もそう。甘い日本酒は苦手だが、新政の甘みは、上品で、後をひかない。これは別格。淡い苦みも感じる。しっかりと腰もあり、キレもいい。飲んだ後に、すっと酒が消えていく。

ひとは別れ際がたいせつだが、酒もまったく同じ。
アフターテイストは、酒とのひとときの別れである。
酒と人とは、ほんとによく似ている。
秋田の海で獲れた平目としめ鯖とのマリアージュは最高だった。しめ鯖の酸味と新政の酸味とが深く響き合った。

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翌日。市内にある秋田市民市場に行った。

なんとハタハタが出ている。アラもいる。

かつて佐渡でアラ漁師の取材をしたが、なかなか釣れなかった高級魚だ。繊細な脂が乗っていて、とても美味しかった記憶がある。
夕食どき、秋田市内のリバーサイド=川反(かわばた)繁華街にあるおでん屋に行くと、ハタハタ寿司がオンメニューされていたので、さっそくオーダー。
ハタハタ寿司は、麹を混ぜたご飯とカブ、ニンジン、柚子、昆布などと桶に詰められてできる「なれ寿司」だ。

ほどよい酸味、品のいいうま味とまろやかさ。これに合わせる酒は、十和田湖の南、秋田県東北端にあるまち=鹿角(かづの)の、千歳盛(ちとせざかり)上撰。さらりとした酒が、なれ寿司の酸味と甘みにほどよくマッチする。

山廃純米酒・飛良泉(ひらいずみ)も合わせる。

心地よい酸味がいい。飲み飽きず、腰が強く、がっしりと魚のうま味を受けとめてくれる。
店から出ると、遠い空から雷の音が聞こえてきた。
魚偏に雷で鱩(ハタハタ)。
もうすぐ、本格的なハタハタ漁の季節がやってくる。

文&写真:吉村喜彦

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

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