ニッポンさかな酒 黒はんぺんに磯自慢 文&写真:吉村喜彦 2022.10.27 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ) 印刷する 焼津港は、2021年の年間水揚げ金額が全国1位、水揚げ量は全国で第3位の港である。 そんな焼津の港。 じつは2つの地区に分かれている。 一つはご存知、遠洋漁業の基地としてカツオ・マグロを中心に水揚げする焼津地区。 もう一つは、沿岸・沖合漁業を中心に、サバ・アジ・イワシなどを水揚げする小川(こがわ)地区。 焼津が水揚げの95%を占め、残りの5%が小川である。 それぞれ漁協も違っていて、取り扱う魚種も違う。 「超メジャーな焼津」に対して、「知る人ぞ知るマイナーな小川」という感じだろうか。 小川は、昔から美味しいサバで名をはせてきた。 鮮魚として京都の高級バッテラ寿司や割烹でも使われているが、 最盛期の1967年に34隻あったサバ船は、現在なんと1隻のみになった。 漁協としては、何とか「小川のサバ」の知名度を上げようと、 総務課の女性職員がサバを使った商品開発をおこなった。 「さば干物」「さば味噌漬け」「さば粕漬け」「さばチキン」……新商品を次々と世に送り出し、大ヒットとなった。 静岡でサバといえば小川。 その名は徐々に県外や水産業界以外にも浸透しつつある。 * * * さて。 静岡(ことに焼津や沼津、清水などの港町)、の名産に「黒はんぺん」がある。 一般的な「はんぺん」は白い色だが、黒はんぺんは灰色。 Dの字型の独特なかたちをしている。 静岡で「はんぺん」といえば、この「黒はんぺん」のことである。 サバやアジ、イワシなどの青魚を原料に、塩、砂糖、デンプンなどを混ぜて、 すり身にして茹であげて出来る。 原料を骨をふくめて使うので、食感はざらっと硬く、引き締まっている。 青魚のつみれと似た味わいといい、 「白はんぺん」がはんぺんだと思っていると、新しい世界がひらけて、大いに驚く。 この黒はんぺんが、やはり静岡名物の「おでん」に合うのである。 静岡おでんは濃口醤油をつかった、黒い煮汁が特徴で、 ぼくはこのおでんを食べるためだけに静岡に行くくらい好きだ。 この静岡おでんのエースが、黒はんぺん。 濃い茶色の出汁に染まった黒はんぺんを噛みしめると、静岡の青い海と空に包まれるような幸福を感じる。 * * * 静岡駅近くの青葉おでん街の行きつけのおでん屋「幸多路(こうたろう)」で、 黒はんぺんをもらい、焼津の名酒「磯自慢」を合わせる。 静岡の酒は何を飲んでも美味しいが、ことに磯自慢はいい。 さらっとした淡麗辛口。 しかも果実の香りがふわりと立つ。 するする飲めて、品のいい甘みと淡い酸味のバランスが抜群。 醤油味の濃いおでん、しかもガツンとした黒はんぺんにぴったりだ。 静岡の酒も魚もほんとうにおいしい。 穏やかできれいな水、やさしい人がこの幸せを生みだしているのだろう。 文&写真:吉村喜彦 漁協(JF)酒漁師吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。このライターの記事をもっと読む
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