ニッポンさかな酒 鯖寿司と京の酒 文&写真:吉村喜彦 2024.12.19 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ) 印刷する 酒癖がわるく、すぐ人にからむクセのあった詩人・中原中也は、あの太宰治にも絡んだ。 そのとき、こんなことを言ったそうだ。 「何だ、おめえは。青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって」 さすが中原中也の言葉は的確だ。 このやりとりを知って以来、鯖をみると、 知らずしらず太宰治の顔が浮かぶようになった。 * * * さて。 この夏、京都で鯖寿司を食した。 京都に美味しい食べものは多いが、わけても鯖寿司が好きだ。 京の都に、海はない。 そのむかし、魚はすべて塩漬けか干物でしか食べられなかった。 鯖もそうだ。 若狭で水揚げされた鯖にひとしおして、山を越えて京に運ばれてきた。 なので、この道は、鯖街道とよばれている。 都に着くまでの二、三日の間にちょうど良い塩加減になったそうだ。 いまもこの食文化が、鯖寿司として引き継がれている。 京都の鯖寿司は、祭りなどのハレの日につくられた家庭料理だったが、 おいしい鯖寿司屋さんもたくさんある。 * * * 立ち寄ったのは、祇園坂下にある鯖寿司屋さん。 鯖寿司は鯛、海老、穴子や卵のはなやかな押し寿司とともに きれいに盛りつけて運ばれてきた。 江戸の寿司は客の前で握るが、京では客に職人の仕事は見せない。 完成品を提供する。醤油はつけずに食べる。 そんなこんな、江戸と京との文化の違いがある。 京の寿司が醤油普及以前の食べものだから、 醤油をつけないという説もあるそうだ。 * * * 包まれた昆布をにゅるりとはがして、鯖寿司をみつめる。 脂のノリがいい。身が透けている。 青みがかった銀色の皮がうつくしい。 極上の鯖は身がぴんぴんし、塩をしても酢をあてても、撥ね返すほどだという。 ひとくち食べる。 と、昆布のだしがきいた、鯖の滋味深い味わいが染みだしてくる。 上品な脂、酸味、魚肉のたんぱく、ご飯の甘い味わいが渾然一体となって、口のなかに広がる。 この店の酒は西宮の「白鹿」。 甘みのある寿司には、やわらかな口あたりのこの酒があう。 江戸の寿司とは酢飯もまったく違う。 江戸のシャリは一粒ひとつぶがきりっとしているが、 京はねっちりしている。 この店では、カツオと昆布のだしでご飯を炊くのだそうだ。 京寿司の特徴は「時差のおいしさ」といわれる。 下ごしらえに時間をかけ、すこし寝かせて食すのだ。 鯖寿司の昆布は食べないひとが多いようだが、 ぼくはこの昆布が好きなので、ぜんぶ食べてしまう。 けっこう酒に合うのだ。 * * * 先日、京都に旅をした友人が、鯖寿司をおみやげにくれた。 これに合わせたのは、もちろん京都の酒。 伏見の藤岡酒造の「蒼空(そうくう)」純米吟醸・雄山錦。 蔵元が杜氏を兼ね、すべて手造りの純米酒。 青空を見上げてホッとするように、 飲んだ人がやさしい気持ちになれるような酒を造りたいと、この名にしたそうだ。 たしかに、さわやかな秋空のような飲み心地。 鯖寿司の脂をさらりと落としつつ、魚の味とよく合う。 土地の食べものには、やはり、土地の酒。 もう、これ以上は書くまい。 太宰治がひょいと顔をだし、 「酒をかたむけて、酵母を啜るにいたるべからず」 そして、照れ笑いしながら続けた。 「そう、鴎外がうまいこと言ってるよ」 文&写真:吉村喜彦 酒近畿吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。このライターの記事をもっと読む
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