初鰹、土佐の酒と下り酒      文&写真:吉村喜彦

 新緑のころは、カツオの季節。

 江戸っ子はことのほか、初ガツオを好んだ。

 「初もの七十五日」ということわざがあり、
 「初ものを食べると七十五日長生きできる」と縁起をかついだ。

 見栄っぱりの江戸っ子のこと。
 なにより粋とスピードを愛したのだ。

 「江戸っ子は 五月の鯉の 吹き流し」
 
 そのさっぱりした気性とカツオの爽やかな味わいが合っている。

                 *    *    *

 カツオは回遊魚。
 春、九州の南にあらわれ、黒潮にのって、土佐から紀州の沖にかかる。
 そのころは、まだ脂肪分が少ないのでカツオ節に適している。
 遠州灘から伊豆半島沖を過ぎるころ、ちょうど脂肪がのってくる。

 やがて、カツオは東北から北海道まで北上。
 秋になり、水温が低下するとともに、反転して南へ。戻りガツオになる。

                 *    *    *

 「初かつお 辛子がなくて 涙かな」
 という句がある。

 江戸のころ。
 カツオは刺身で食べた。
 薬味はおもに大根おろしや辛子(からし)だったそうだが、
 いまは「たたき」が人気だ。

 先年、この時節に、高知でカツオを食べようと旅にでた。
 もちろん「たたき」を賞味したかったからだ。

 現れ出でたるは「塩たたき」。
 ぽん酢以外で食すのははじめてだった。

 皮目がパリッと香ばしい。
 塩加減がちょうどいい。
 ニンニクスライスをのせると、味わいに一層のふくらみが生まれた。
 分厚くカットされた身肉は、まさにカツオのステーキだ。

 酒は土佐の酒「安芸虎 純米吟醸たれくち」。

 酒をしぼるときに、「槽(ふね)」の口からたれる液体をそのまま瓶詰めしたのだという。
 無濾過の生酒。いわば生まれたての酒。
 溌剌としてみずみずしい酒は、
 生気あふれるカツオにじつによくフィットしていた。

                 *    *    *

 そして、先日、燗酒に気をつかう東京の店で出てきた「たたき」には、
 辛子(からし)が添えられていた。
 これか江戸っ子が食べていたのは、と頬ばると、
 つーんと抜ける辛さが、「おお、納豆の美味さと同じだ」と妙に納得する。
 まさに江戸っ子の好みだ。

 合わせた酒は、当時、江戸で好まれていた下り酒(上方から下ってきた酒で、プレミアムな価値があった)。
 灘の白鷹(はくたか)。本醸造。ぬる燗で。

 これがまたいい。
 甘・酸・辛の調和がとれ、じつに滑らか。きめ細かな味わいだ。
 のどから食道、胃の腑へ、するするとくだっていく。

 カツオもこのおだやかな海のような酒に、ひとしお喜んでいるようだ。

 店の暖簾をくぐって外に出ると、
 みどりの風がふっと頰を過ぎていった。

 初夏。
 ほんとうに、いい季節だ。

 
 文&写真:吉村喜彦

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

    このライターの記事をもっと読む

関連記事

四倉ホッキ貝と磐城壽                  文&写真:吉村喜彦、写真:いわき市漁業協同組合(一部提供)   

 福島県いわき市は、ホッキ貝の名産地だと最近知った。  太平洋に面した四倉(よつくら)漁港で揚がるホッキ貝は絶品なのだという。  四倉では戦前から戦後にかけてホッキ貝漁が盛んにおこなわれていたそうだが

吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)