ニッポンさかな酒 深川で冷や酒 文&写真:吉村喜彦 2023.8.17 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ) 印刷する 川と海のそばで生まれ育ったせいか、水のにおいのする町が好きだ。 東京では、かつて縦横に水路が巡らされていた深川が身体にしっくりくる。 猛暑の一日。 その深川・高橋(たかばし)に遊んだ。 東京メトロ清澄白河の駅から地上に出ると、 すぐそこには小名木川(おなぎがわ)が流れ、高橋がかかっている。 橋の北詰には乗船場がある。 江戸時代には、この橋の下を日本橋小網町と下総・本行徳とのあいだを、 塩やひとを運ぶ「行徳船(ぎょうとくぶね)」が行き交っていたという。 高橋の富士(葛飾北斎 画) * * * 高橋を渡ってすぐのところに、 これぞまっとうな居酒屋「魚三酒場・常盤店」がある。 開店の16時前には、すでに常連のおじさんたちがたくさん待っていて、 店の「おねえさん」が暖簾を持ってくると、おじさんたちはそれを手伝う。 心なごむ、じつにいい光景だ。 海水と真水がいりまじる汽水のように、 客と店のひとが混じり合っていることが、ひと目でわかるシーンである。 鰻のぼり(葛飾北斎 画) 江戸時代、深川といえば、うなぎだった。 深川は掘り割りが四通八達し、 小名木川には泥の中をかいて、 うなぎを鉤(かぎ)で引っかけて獲る「うなぎかけ」がいたそうだ。 隅田川の下流の浅草川の旧名・宮戸川でウナギ捕りをする様子を描いた「宮戸川之図」(歌川国芳 画) そのころ浅草川(隅田川の浅草近く)や深川辺りでとれたうなぎが江戸前とよばれ、 ほかから来るうなぎは旅うなぎと言われていたそうだ。 船でうなぎを売るひともいて、 宝暦三年(1753年)の『絵本江戸土産』には 「江戸まへ 大かばやき 御すいもの」と書かれた提灯を船のへさきに掲げた船が 両国橋の下を通っている様子が描かれている。 江戸っ子が好んだ、うなぎの蒲焼き * * * さて。暖簾をわけて、魚三酒場に入る。 暑い盛りを歩いてきた。 まずはビール。 居酒屋ならば瓶ビールだ。こちら、瓶は大のみ。スーパードライ。 ふだんはこのビールは飲まないが、炎暑の日には、さらっとして一杯目にいい。 店内にずらりと貼られた品書きの一つひとつがじつに安い。 ざっと見渡し、江戸ならばカツオだと刺身を頼む。 続いてサザエの壺焼き、湯豆腐、なすの天ぷら、どぶろく、そして冷酒。 冷やは、魚三ラベルの生酒。黒松白鹿。下り酒である。 フレッシュで爽やかな香りで、軽くマイルドな味の本醸造酒。 べっとりとした暑い夏にぴったり。 舌をさらさら洗ってくれ、暑熱の疲労がとんでいった。 江戸といえば下り酒が人気だったと言われているが、 江戸の酒「隅田川」「宮戸川」「都鳥」も根強いファンがいたそうだ。 この三銘柄の名前がすべて隅田川関連なのもおもしろい。 江戸っ子にとって隅田川は母なる川なのだ。 やはり帰りは大川(隅田川)の風に吹かれながらと、 芭蕉の庵をかすめ、屋形船を眺めて清澄白河に。 二人で飲んで食べて、@2,500円。 いい暑気払いでした。 文&写真:吉村喜彦 酒吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。このライターの記事をもっと読む
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