深川で冷や酒                     文&写真:吉村喜彦

 川と海のそばで生まれ育ったせいか、水のにおいのする町が好きだ。
 東京では、かつて縦横に水路が巡らされていた深川が身体にしっくりくる。

 猛暑の一日。
 その深川・高橋(たかばし)に遊んだ。

 東京メトロ清澄白河の駅から地上に出ると、
 すぐそこには小名木川(おなぎがわ)が流れ、高橋がかかっている。

 橋の北詰には乗船場がある。
 江戸時代には、この橋の下を日本橋小網町と下総・本行徳とのあいだを、
 塩やひとを運ぶ「行徳船(ぎょうとくぶね)」が行き交っていたという。

高橋の富士(葛飾北斎 画)

     *    *    *

 高橋を渡ってすぐのところに、
 これぞまっとうな居酒屋「魚三酒場・常盤店」がある。
 開店の16時前には、すでに常連のおじさんたちがたくさん待っていて、
 店の「おねえさん」が暖簾を持ってくると、おじさんたちはそれを手伝う。

 心なごむ、じつにいい光景だ。
 海水と真水がいりまじる汽水のように、
 客と店のひとが混じり合っていることが、ひと目でわかるシーンである。

鰻のぼり(葛飾北斎 画)

 江戸時代、深川といえば、うなぎだった。
 深川は掘り割りが四通八達し、
 小名木川には泥の中をかいて、
 うなぎを鉤(かぎ)で引っかけて獲る「うなぎかけ」がいたそうだ。

隅田川の下流の浅草川の旧名・宮戸川でウナギ捕りをする様子を描いた「宮戸川之図」(歌川国芳 画)

 そのころ浅草川(隅田川の浅草近く)や深川辺りでとれたうなぎが江戸前とよばれ、
 ほかから来るうなぎは旅うなぎと言われていたそうだ。
 船でうなぎを売るひともいて、
 宝暦三年(1753年)の『絵本江戸土産』には
 「江戸まへ 大かばやき 御すいもの」と書かれた提灯を船のへさきに掲げた船が
 両国橋の下を通っている様子が描かれている。

江戸っ子が好んだ、うなぎの蒲焼き

     *    *    *

 さて。暖簾をわけて、魚三酒場に入る。
 暑い盛りを歩いてきた。
 まずはビール。

 居酒屋ならば瓶ビールだ。こちら、瓶は大のみ。スーパードライ。
 ふだんはこのビールは飲まないが、炎暑の日には、さらっとして一杯目にいい。

 店内にずらりと貼られた品書きの一つひとつがじつに安い。
 ざっと見渡し、江戸ならばカツオだと刺身を頼む。
 続いてサザエの壺焼き、湯豆腐、なすの天ぷら、どぶろく、そして冷酒。

 冷やは、魚三ラベルの生酒。黒松白鹿。下り酒である。
 フレッシュで爽やかな香りで、軽くマイルドな味の本醸造酒。
 べっとりとした暑い夏にぴったり。
 舌をさらさら洗ってくれ、暑熱の疲労がとんでいった。
 
 江戸といえば下り酒が人気だったと言われているが、
 江戸の酒「隅田川」「宮戸川」「都鳥」も根強いファンがいたそうだ。

 この三銘柄の名前がすべて隅田川関連なのもおもしろい。
 江戸っ子にとって隅田川は母なる川なのだ。

 やはり帰りは大川(隅田川)の風に吹かれながらと、
 芭蕉の庵をかすめ、屋形船を眺めて清澄白河に。

 二人で飲んで食べて、@2,500円。
 いい暑気払いでした。

文&写真:吉村喜彦

  • 吉村 喜彦(よしむら のぶひこ)

    1954年大阪生まれ。京都大学教育学部卒業。サントリー宣伝部勤務を経て作家に。 著書に、小説『バー堂島』『バー・リバーサイド』『二子玉川物語』『酒の神さま』(ハルキ文庫) 『ビア・ボーイ』『こぼん』(新潮社、PHP文芸文庫)『ウイスキー・ボーイ』(PHP文芸文庫) ノンフィクションでは、『漁師になろうよ』『リキュール&スピリッツ通の本』(ともに小学館) 『マスター。ウイスキーください〜日本列島バーの旅』(コモンズ)『オキナワ海人日和』(三省堂) 『食べる、飲む、聞く 〜沖縄・美味の島』(光文社新書)『ヤポネシアちゃんぷるー』(アスペクト)など多数。 NHK-FMの人気番組「音楽遊覧飛行〜食と音楽でめぐる地球の旅」の構成・選曲・DJを長年つとめた。 現在、月刊「地域人」で全国の漁師を取材する「港町ブルース」を連載中。

    このライターの記事をもっと読む

関連記事